“坂の下の糞”――「坂の上の雲」の反対を行くニッポン
[レビュアー] 林操(コラムニスト)
この新書のタイトル、小生につけさせてもらえるのなら、下品な言葉混じりで恐縮ながら、『坂の下の糞』。だって中身は本当に、あの『坂の上の雲』の真反対を行く話だからね。
青い空に浮かぶ白い雲を仰ぎ、目指して坂を登ってきたニッポンと、ぬかるんだ泥の上に転がる糞を遠目に見下ろしながら、そこ目掛けて坂を滑り落ちているニッポン。林操流に言えばそうなる対比の中で、内閣官房参与も務めた劇作家の著者は『坂の上』を筆頭とする司馬作品を鏡にしながら、下り坂の下り方を探る(もちろん上品に)。
そこで語られるのは『坂の上』にも縁ある四国のあちこちから始まって、兵庫の豊岡、鹿児島の伊佐、宮城の女川、福島の双葉などなど、全国各地の実情と取り組み。活性化の手伝いを頼まれた自身の巡り歩いた土地また土地の話を通じてこの国のかたちを語る手口も司馬遼的だわ。
地方再生の策は経済面、それも雇用対策やら補助金やらの対症療法に偏っているけれど、実は若い男女の偶然の出会いが普通にある環境を生み出すことが少子化防止、ひいては日本再生の鍵にもなるなんて指摘がまた目から鱗。もはや工業立国でも成長社会でもアジア唯一の先進国でもないニッポンの滅びないための智恵が、政治屋・経済屋向けじゃなく、ワタシやアナタ向けに説かれていて、読後にはクールな希望さえ湧いてくるから不思議です。