虚構と真実のミルフィーユ

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オレンジシルク

『オレンジシルク』

著者
神田 茜 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103289838
発売日
2016/04/27
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

虚構と真実のミルフィーユ

[レビュアー] 吉野万理子(作家)

 高校時代の私の友達Sちゃんは、大学に入った途端、なぜかマジッククラブに入部した。そのとき、仲間内で騒然としたものだ。どちらかというと人前に出るのが得意ではなかったSちゃんに何があったのか、と。派手な衣装を着て、みんなの前でショーをやるんだろうか。これを機にプロのマジシャンになってしまうんじゃないか!?(結果的にはそれは杞憂で、彼女は適当なところでクラブを引退して、司法試験の勉強を始めた)。

 どうしてあのとき、そんなにSちゃんの未来を不安に思ったのか、その頃の私には分析できなかった。けれど、今になってわかった。マジックには、誰かをどこかに連れて行ってしまうような、危うい魅力が確かにあるのだ。私たちは当時、それを無意識のうちに感じて怖れていたに違いない。

 なぜ急にそんなことを考えたかというと――。

 神田茜さんの最新作『オレンジシルク』が、マジックをめぐる物語だったからだ。

 ヒロイン・印子は、手品など取り立てて興味のない、信用金庫勤務の地味なOL。しかし、友人・キヨミの恋人がマジシャンであったため、嫉妬半分、その世界をのぞき見して、そこで憧れの王子に出会う。それが、人気マジシャンのユウトだった。

 ユウトに、やがてマジックそのものに、魅せられていく印子。踏みとどまったSちゃんとは違って、その世界をもっともっと知ろうと入り込んでいってしまう――。

 マジックというのは、それほどに魅惑的な世界だ。虚構があって真実がある。目の錯覚で見える幻の裏に、仕掛けが隠されている。

 もっとも、虚構と真実が存在するのは、必ずしも手品の世界だけではない。そのことに、徐々に気づかされる。

 たとえば、印子の周りで起きる「オレオレ詐欺」。この手の行為も、ある種のマジックだ。悪質な犯人たちが作り出した不幸せな虚構。そのなかにある仕掛けを、見破らなくてはならない。

 印子の恋だって、虚構と真実の間をさまよう。一方的にユウトのファンになる。世話を焼く。拒絶はされない。けれど、それは恋愛なのか? あるいは妄想なのか?

 想いを寄せる相手が何を考えているのか、印子をどう思っているのか、答えを見つけるのはマジックよりも難しい。

 そう、この物語は虚構と真実が、幾層にもミルフィーユのように積み重なっているのだ。それがとても味わい深い。

 さらに終盤になって、大きな事実が明らかになる。なぜ、『オレンジシルク』のモチーフは、マジックでなければならなかったのか? たまたま今回は題材をマジックにしてみましたよ、というお仕事小説では決してない。ここには必然性があったのだ。

 マジックには、どこか危うい、人を連れ去ってしまうような怖さがあると先に書いたが、それとは真逆の力もある。くわしくは物語そのものを読んでいただけたらと思うが、人の心をあたためるような、そういう不思議な力があって、だからこそ古来、マジックは人に愛されて受け継がれてきたそうだ。

 神田茜さんの、この職業への思い入れは果てしなく深い。そして手品の描写も徹底している。講談師として活躍されている著者だが、もしかして、私が知らないうちにプロのマジシャンに転職したのではないか? と質問したくなるほどに。手品が好きな人はもちろん、興味のない人でも、カードやコインをちょっと買ってみたくなること、請け合いだ。

 そして、最後にもう一つ。私がこの物語で最も楽しんだ部分。それは「女の友情」。たったひとりの友人・キヨミに対する印子の態度といったら、もうひどい。容姿をボロクソに批判し、ファッションをこき下ろし、恋愛などしたことがないはずだと決めつける。キヨミも負けじと、見下したことを言い放つ。これは友情のふり? ならふたりは、本当は嫌い合っているの――?

 これもまた虚構と真実のミルフィーユの一部なのだ、とだけ言っておこう。

新潮社 波
2016年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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