『大きな鳥にさらわれないよう』 川上弘美著

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大きな鳥にさらわれないよう

『大きな鳥にさらわれないよう』

著者
川上 弘美 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062199650
発売日
2016/04/22
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『大きな鳥にさらわれないよう』 川上弘美著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

人類の「未来」とは

 本長篇(ちょうへん)は「わたし」が五十人もの子どもを育て、しかも夫の勤める工場では人間以外の動物の細胞を使って人間と動物を作るという話から始まる。こう紹介してもよく解(わか)らないだろう。

 しかし読み進めると、遥(はる)かに遠い未来、人類絶滅の危機に瀕(ひん)した折、二人の指導者がこれまでの歴史の過ちを繰り返させぬため、人類の新たな進化を生み出そうと試み、国家を廃止し、世界を細分化し、異なる各地区で育った人間が交わったとき、新しい遺伝子を持つ人間、つまり進化した人間の誕生を計画したのだとわかる。

 ところが、この計画はコンピューターが人間の知能を凌駕(りょうが)し、しかもクローンの発生技術と人工知能の複製技術とを組み合わせて進化し、二人の計画を助け、自ら「母」となり、しかも人工的に作った人間を置き、常に地区の変化を見守り、報告させ、統括していたのである。

 本篇は生物学を学んだ作者ならではの作品であり、同時に本篇の各章は長い未来と各地区で起きたことを、そこに生きる人間の語りで成り立たせている。わかり難(にく)いのは、各章で語られることが、まるでジグソーパズルのように全体像が見えないからだが、作者が描く未来は人口が少なく、原子力発電もなく、石油で動く車も少なく、一様に懐かしいほどに牧歌的だ。

 その上で人工的に作られた「わたし」たちは、コンピューターが進化した未来社会で愛や恋、悲しさや淋(さび)しさ、楽しさや嬉(うれ)しさといった人間の感情を自問したり、語り合ったりする。ここに作者の主眼があり、また各篇の情景描写と心理描写に次のページをめくらせる力もある。

 しかも創世記を下敷きにして、人類の誕生と原罪をテーマにした野心作でもある。

 私たちは東日本大震災が起き、改めて過去と未来を考えるようになった。作者も、我々はどのような未来を望み、未来が人類の失敗に終わっても、人類は人間らしい感情を失わないだろう、と祈りを込めて最終章を締め括(くく)っている。

 ◇かわかみ・ひろみ=1958年、東京生まれ。『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞、『水声』で読売文学賞。

 講談社 1500円

読売新聞
2016年5月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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