『安全保障を問いなおす』 添谷芳秀著

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『安全保障を問いなおす』 添谷芳秀著

[レビュアー] 村田晃嗣(国際政治学者・同志社大教授)

重層的で冷静な議論

 安全保障法制をめぐる昨年の混乱は何だったのか。本書はまず、憲法制定から新旧の日米安全保障条約の締結、その後の日本の安全保障政策の変遷を、簡潔ながらも立体的に辿(たど)る。岸信介と安倍晋三という二人の首相の姿も重なる。

 著者はそこから、「九条―安保体制」を浮き彫りにする。前者は冷戦前の、後者は冷戦下の国際環境を、それぞれ反映している。右派は敗戦と占領の「ルサンチマン」から九条を批判しても、真にグローバルな安全保障上の責任やリスクを負う覚悟はない。左派も日本の安全保障を担保する手段や一国平和主義を超えた理念を提示できない。そのため、両者は強く反発しながらも、否、反発すればするほど「九条―安保体制」に引き戻され、そこに安住してしまう。

 冷戦後に、国際主義的な観点から日本の安全保障の見直しが進んだ時期もあった。しかし、北朝鮮の脅威や中国の台頭でナショナリズムが刺激されると、自国主義的な右からの安全保障論が勢いを増した。中国の脅威をことさらに強調し、それへの抑止を説くだけでは、韓国もオーストラリアも、そして、アメリカさえも日本との安全保障関係を強化できない。また、憲法は侵略戦争への反省に立脚しているから、自国主義的な歴史認識に固執すれば、改憲への抵抗は内外で高まる。今一度、日本は国際主義に立ち返り、日米同盟を機軸にしつつ、中国と市民社会の交流を拡大し、韓国、オーストラリアとも機能重視の協力を進め、さらに、東南アジアとも連携すべきだと、著者は論じている。そこにあるのは抑止ではなく、重層的な「ヘッジング(リスクへの備え)」の視点である。

 安保法制によって改憲はますます困難になったのか。安保法制の評価については、もう少し時間を要するであろう。だが、著者に賛成するにしろ反対するにしろ、今最も必要なことは、本書で示されたような冷静な議論を重ね合わせながら、思索を深めることである。

 ◇そえや・よしひで=1955年生まれ。慶応大教授。専門は国際政治学、東アジアの国際関係、日本外交。

 NHKブックス 1400円

読売新聞
2016年5月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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