『一人の詩人と二人の画家』 クヌド・メリル著

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一人の詩人と二人の画家

『一人の詩人と二人の画家』

著者
クヌド・メリル [著]/木村公一 [訳]/倉田雅美 [訳]/伊藤芳子 [訳]
出版社
春風社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784861104985
発売日
2016/04/08
価格
4,428円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『一人の詩人と二人の画家』 クヌド・メリル著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

D・H・ロレンスの素顔

 僕は大学では憲法ゼミに入った。テーマは表現の自由。チャタレー裁判や悪徳の栄え裁判を勉強しているうちにD・H・ロレンスに惹(ひ)かれ、一時期、愛妻フリーダの『私ではなく風が』を始めとした関係書を貪(むさぼ)り読んだ記憶がある。それ以来ロレンスはずっと気になる存在で、ラヴェッロ(イタリア)を訪ねたのもロレンスつながりだった。本書は、ロレンス夫妻と生活を共にしたデンマーク人の画家の回想録であるが、これほど生身のロレンスの素顔を率直に表した評伝は稀(まれ)であろう。

 2人のデンマーク人の画家が愛車でニューメキシコの町タオスを訪れる。2人はそこでロレンス夫妻と出会い、お互いに好意を持つ。大声で他愛もない歌を歌いながらグランド・キャニオンにある温泉に向かう4人。何と楽しげなピクニックだろう。有名人の夫妻を多くの人が訪ねてくる。しかし、フリーダは「一生涯、誰をも知らず、ロレンスと二人だけで暮らしたい」と考えていたのだ。人里離れたタオス郊外のデルモンテ牧場で一冬を過ごすことに決めた夫妻は、感性を共有する2人の画家に一緒に暮らそうと提案する。逡巡(しゅんじゅん)する2人を夫妻は小屋の外に出す、散歩して決めておいで、と。この辺りの描写は本当に微笑(ほほえ)ましい。

 こうして4人は2つの丸木小屋で暮らし始める。意外にも「夫妻は雑用をしたり、他人の手伝いをするのが好きだった」。ロレンスは料理も上手だった。ロレンスは「何とも魅力的な人物で」「彼の話を聞いているだけで楽しかった」。ロレンスはフリーダとしばしば諍(いさか)いを起こす。もちろん勝つのはフリーダだ。2人の画家と諍いを起こした翌朝は「一言も詫(わ)びの言葉は無かった」が、「パンと美味(おい)しいケーキを焼いてきてくれた」。

 随所に挿入されたロレンスの詩が、心情を鮮やかに照らし出す。フリーダは男3人を三位一体と呼んだが、この牧場での生活こそが夫妻にとっては最高のものだったのである。木村公一、倉田雅美、伊藤芳子訳。

 ◇Knud Merrild=1894~1954年。デンマーク出身のモダニズムの画家。主にアメリカで活動した。

 春風社 4100円

読売新聞
2016年5月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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