初めての我が子の誕生から父の死まで…一人の男の7年間

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あの素晴らしき七年

『あの素晴らしき七年』

著者
Kerrett, Etgar, 1967-秋元, 孝文, 1970-
出版社
新潮社
ISBN
9784105901264
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

初めての我が子の誕生から父の死まで…一人の男の7年間

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 武器を持った男たちから「話をしてくれ」と頼まれる〈ぼく〉の困惑ぶりがおかしい表題作を皮切りに、短いけれど感情喚起力の強い作品ばかりを三十八篇収録した『突然ノックの音が』で、日本の読者にも知られるようになったイスラエル人作家、エトガル・ケレット。最新訳『あの素晴らしき七年』は、初めての我が子の誕生から父親を癌で亡くしてしまうまでの日々を綴ったエッセイ集なのだけれど、短篇集と言われても納得するほど、収められている三十六のエピソードがどれもこれもマジカルなことに驚かされてしまう。

 初めて授かった息子の様子を、親バカと冷静な観察者とウケ狙いのお調子者、三つの視線を併せもった目で描く「大きな赤ちゃん」。親友のアドバイスに従って、外国の銀行口座にお金を蓄えたものの、リーマン・ショックで水の泡となってしまう「とある夢へのレクイエム」。まだ三歳の息子を将来兵役につかせるかどうかで、妻と言い争いになる「公園の遊び場での対決」。ずっと憧れの存在だった七歳上の兄の人となりを、年次的に並べたエピソードで綴っていく「英雄崇拝」。親友から教えられた、近い将来イランが自分たちの国を核兵器で攻撃するという情報を真にうけた〈ぼく〉と妻の愚かな振る舞いを描く「爆弾投下」。芸術家村でのグループ・リーディングで、新人女性作家が朗読した小説に大きなショックを受ける「ありふれた罪人」。第二次世界大戦の時、地面に掘った穴に六百日近く隠れて生き延びた経験を持つ父親の思い出「打ちのめされても」。とんでもない事態の最中とんでもない目に遭う「事故」。ド派手な状況下で出会った両親の恋と、聞き間違いから生まれた妻との恋を対比する「はじまりはウィスキー」。空襲警報のさなか、親子三人でサンドイッチのように折り重なって地面に伏せる「パストラミ」。

 こうして粗筋だけを紹介すれば、多くの場合、普通のエッセイのようにも想像できるエピソードの数々を、時にユーモラス、時に自虐的、時に詩的、時に思索的にもなる作者の融通無碍な筆致が、唯一無二のマジカルな体験へと変えてしまう。息子であり、夫であり、父であり、小説家であり、イスラエルのユダヤ人である一人の男の七年間を綴ったこのエッセイ集が喚起する感情は、冒頭で紹介した短篇集『突然ノックの音が』同様とても表情豊かなのだ。生まれて、生きて、死ぬ人間の営みのすべてに対する愛おしさが、笑いや涙とともにこみあげてくる一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2016年6月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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