『シスト』
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若年性認知症のジャーナリストが追った、世界を襲うパンデミックの真実
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
熊本地震から一ヶ月半、今災害パニックというと、地震や噴火を思い浮かべてしまうのは致し方ないところだが、もちろんそれ以外にも災害はある。本書はそのひとつ、生物災害(バイオハザード)、それも世界的な感染爆発(パンデミック)の恐怖をとらえた長篇サスペンスだ。
出だしはだが、そうと指摘されなければわからないかもしれない。ロシアのチェチェンでの戦場取材を終えたフリーのビデオジャーナリスト、御堂万里菜は帰国後佐渡に赴き、テレビのニュース番組の仕事で嫁による姑虐待を取材する。不潔な現場にへきえきしながらもインタビューに成功するが、その帰途彼女自身に異変が。突如自分が今どこで何をしているか、失念してしまったのだ。検査の結果は若年性アルツハイマー。
彼女はそれをネタにテレビに企画をもちかけようとするが、そんなときタジキスタンで原因不明の感染症が発生する。首都の名前からドゥシャンベと名付けられたそのウイルスに感染すると一ヶ月で脳出血を起こし死に至る。彼女はテレビの女性ADを伴い現地に向かうが……。
国際的な報道小説から闘病小説へと転じたかと思いきや、そこから本格的なパンデミック・サスペンスの様相を呈していく。従来の日本のパンデミックものと異なるのは、スケールがデカいというか、キナ臭い国際事情を背景に感染の脅威が多角的にとらえられていくところ。万里菜はロシア人とのハーフだが、彼女の出自もそこに絡んでくる。むろんウイルスの正体をめぐる疫学的な趣向も凝らされており、その面でのサスペンス演出も怠りない。
著者は異色の国際サスペンス『血讐』(リンダブックス)で、映画の原作小説を発掘する第一回日本エンタメ小説大賞の優秀賞を得てデビューした。本書は長篇第二作に当たるが、即戦力の国際派新人だ。テレビ局勤務という本職も活かした、この先の活躍が楽しみだ。