『世界から猫が消えたなら』なぜヒット? ドラクエ方式の仕掛け

レビュー

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世界から猫が消えたなら

『世界から猫が消えたなら』

著者
川村 元気 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784094060867
発売日
2014/09/18
価格
670円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『世界から猫が消えたなら』なぜヒット? ドラクエ方式の仕掛け

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

『告白』や『モテキ』など数々のヒット作で名を馳せる映画プロデューサー・川村元気。その初の著作『世界から猫が消えたなら』が先日、文庫本の売上だけで100万部の大台を超えたらしい。

 映画化の効果? クロスメディア戦略のなせる業?――確かに一理あるだろうけど、「本」のヒット解析としては少々、色気に欠ける解答だ。そもそも映画化が決定する前段階、単行本(マガジンハウス刊)として発売された時点で30万部を売り上げていたという。

 じゃあ、空前の〈猫〉ブームだから?――それはそれで身もフタもない指摘に聞こえるが、実は本質の一端をかすめていたりもする。

「タイトルに惹かれた、という方は多いですね。どうして〈猫〉なんだろう、と興味を掻きたてられるみたいで」とは担当編集者の弁。実際、中身を読めば、そのロジックの巧みさに気づくはず。なぜなら本当の核心は、〈猫〉ではなく〈僕〉の消失にこそあるからだ。

 脳腫瘍で余命わずかだと宣告され絶望する〈僕〉のもとに、悪魔を自称する男が現れ、世界からひとつ何かを消す代わりに寿命を一日延ばしてやると告げる。電話、映画、時計……自分の命と引き換えにさまざまなモノが世界から消えていくさまを眺めながら、〈僕〉は人生を見つめ直していく。

 つまりはモノにまつわる思い出が物語のポイントになっているのだが、その中心にいる〈僕〉をはじめ、〈彼女〉といい〈母〉といい〈父〉といい、主要な登場人物には敢えて名前がつけられていない。いわばドラクエ方式で描かれている点が大きな特徴なのだ。

 読者はそこに自分の名前を、自分の記憶や感情を当てはめ、自分自身の物語として思い描く。事実、解説を担当している中森明夫は、その中で自らの母にまつわるとっておきのエピソードを開陳しており、それがまた読者を号泣させる事態にもつながっている。

〈家族って「ある」ものじゃなかった。家族は「する」ものだったんだ〉。その言葉どおり、読者自身を主体的に参加させた点がヒットの要因なのだろう。

新潮社 週刊新潮
2016年6月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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