「漢字廃止論」を巡る思想戦…“日本人ならひらがなだ”“簡易化してアジア共通語に”

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漢字廃止の思想史

『漢字廃止の思想史』

著者
安田 敏朗 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
語学/日本語
ISBN
9784582833126
発売日
2016/04/18
価格
4,620円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「漢字廃止論」を巡る思想戦…“日本人ならひらがなだ”“簡易化してアジア共通語に”

[レビュアー] 西田藍(アイドル/ライター)

 漢字練習帳に、ひたすら漢字を埋めていく。二千字ほどの漢字を義務教育で学ぶが、一体、どれほどの時間を、無心に鉛筆でマス目を埋め、覚える作業に費やしただろうか。旧字体の存在を知ったときには、昔の小学生に同情したものだ。

 本書は明治期の文明化思想から戦後の漢字政策まで、漢字を巡る思想戦をじっくり追っている。漢字廃止論と聞くと今では荒唐無稽に思われるかもしれないが、きちんと思想があったと著者は擁護する。「八紘一宇」など難解な漢字表現が戦意高揚に利用された、これはよろしくない、などとして敗戦後、民主化政策のひとつとして、漢字制限や新字体、新仮名遣いの使用といった国語改革が行われた。GHQが派遣した米国教育使節団の報告書も影響を与えた。しかし、漢字制限の元となった漢字廃止論は、ナショナリズムや植民地主義と結びついた形で、戦前から存在していたことが本書を読めばよくわかる。

 慶応2年の前島密による「漢字御廃止之議」建議書以来、漢字廃止論はずっと日本語改革論の中心にいた。文明化には表音文字が必要だ、漢字はあくまで漢文化、日本人ならひらがなだ。ううん、発音通りの表記じゃない仮名遣いはそもそも文字として低級、日本人ならカタカナだよね。いやいや、それより簡易化してアジア共通語にすべきじゃない? などなど、漢字廃止論といっても様々だが、ノウリツ ユエ カンジ ヲ ステル ノカ ソレトモ ニホン ノ ココロ ユエ ステル ノカ。

 確かに漢字廃止論は敗北した。しばらくは日本語における「漢字」は安泰であろう。だが著者はこう〆る。漢字は気軽に、使ったり使わなかったりすればよい、と。「正しい日本語」イデオロギーなど無意味だというのは私も同意見だ。とはいえ、結局、制限も表記も中庸に収まった戦後日本語教育を受け、習得した身だからこそその選択ができるのだが。

新潮社 週刊新潮
2016年6月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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