『僕の違和感 上・下』 オルハン・パムク著

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僕の違和感 上

『僕の違和感 上』

著者
オルハン・パムク [著]/宮下 遼 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152095985
発売日
2016/03/24
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

僕の違和感 下

『僕の違和感 下』

著者
オルハン・パムク [著]/宮下 遼 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152095992
発売日
2016/03/24
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『僕の違和感 上・下』 オルハン・パムク著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

生活音、都市の手触り

 十二歳で故郷の村からイスタンブルにやってきた少年メヴルトは、貧しい労働者が集まる郊外の丘の家で父親と暮らし始める。学校に通いながらも父の仕事を手伝いヨーグルトやボザ(黍(きび)を発酵させて造られるトルコの伝統的な飲料)を売り歩く彼は、やがて親戚の娘に一目惚(ぼ)れし、熱烈なラブレターを三年送り続けたすえ念願かなって駆け落ちに成功。ところが長く恋いこがれた娘の顔をようやく目にした瞬間、生涯忘れることのない違和感を覚えることになる……。

 青年メヴルトの辿(たど)る数奇な半生とともに、本書は一九六〇年代から二〇一〇年代の約半世紀にわたるイスタンブルの変遷をダイナミックに描く。メヴルトをめぐる登場人物たちはたびたび読者に向かって親しげに語りかけ、ため息まじりに愚痴をこぼしたり、勝手に口喧嘩(げんか)を始めたりして、とにかく誰もがお喋(しゃべ)りで賑(にぎ)やかだ。路上商人の呼び売り口上、少年たちががなりたてるように斉唱する『独立行進曲』、次々生まれる赤ん坊たちの泣き声……どのぺージにも活気ある生活音が騒々しく行き交っていて、発展を遂げる都市の手触りをいきいきと伝えている。

 政治的な混乱を繰り返しながらも近代化していくイスタンブルで、メヴルトはさまざまな仕事に従事しながらも、常につつましいボザ売りとして生きることを欲する。しかし、愛してやまない家族に支えられ、人生の充足を知る彼も、生活を彩るいとしいものたちの声がふいに遠のき、命ある限りまぬかれない孤独の影――正体不明の違和感に、呑(の)み込まれることがある。とはいえメヴルトはその孤独さえもおろそかにせず、幸せなときも不幸なときもボザをかついで路上に立ち続けるのだ。静まり返った夜の都会の片隅、一滴の澄んだ露のように呟(つぶや)かれる彼の最後の一言は、普遍的な人間の営みへのささやかな祝福にあふれており、深く、せつなく、心に沁(し)み入る。宮下遼訳。

 ◇Orhan Pamuk=1952年、トルコ生まれ。作家。2006年ノーベル文学賞。作品に『白い城』『黒い本』など。

 早川書房 各2200円

読売新聞
2016年5月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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