『かなわない』 植本一子著

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かなわない

『かなわない』

著者
植本 一子 [著]
出版社
タバブックス
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784907053123
発売日
2016/02/05
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『かなわない』 植本一子著

[レビュアー] 長島有里枝(写真家)

写真にうつらない日常

 写真家の植本さんは、ミュージシャンの夫ECDさんと二人の娘と東京で暮らしている。二〇一一年から二〇一四年まで、彼女がブログとして更新してきた日記を中心に構成された本書には、写真にうつらないことが書かれている。

 思い描いてきた結婚、家庭、愛、そして母親の理想像からかけ離れた自分の生活に日々挫折を覚え、やがて絶望が、なま温かく自分を覆っていく、あの感じだ。話の通じない子供を相手に時間は怒濤(どとう)のように過ぎ、自分のことは何も終わっていないのにもう疲れ切っている。路上を行き交う人は皆楽しげなのに、自分だけが違う。そして、置き去りにされているという不安と焦り。植本さんは、その世界となんとか折り合いをつけようとして、デモに出かけ、ライブを撮影し、夫に離婚を持ちかけ、家族にご飯を作り、やがて恋に落ちる。日常は、読んでいてハラハラするほど正直に、的確な言葉で描写される。そこに不思議と生々しさがないのは、カメラを構える人の、世界を突き放したような視線が徹頭徹尾、貫かれているからかもしれない。

 写真はときどき、辛(つら)いことを美しく(または楽しく、格好良く)見せる。戦争や貧困を撮っている、あるいは家族やアイデンティティの問題と向き合っているはずなのに、頬(ほお)に涙がつたう女性の横顔を美しく、ボロボロの屋根から射(さ)し込む光を神秘的に、分裂寸前の家族を楽しげに見せてしまう。写真家には大きなジレンマだ。

 植本さんが撮ったご家族の写真をネットで見つけた。窓から降り注ぐ光を受けた子供と赤ちゃんとお父さんが、敷き詰めた布団の上に寝転んでいる。大きい子の足が、ちょうど父親の顔の上にぽん、と置かれた瞬間の写真は、ああ、あるよねと笑いを誘う、幸せそのものの光景だ。おそらく、自分には見えている、同じ瞬間のもう一つの側面が写真にうつらないことが、植本さんのジレンマだったのではないか。だから彼女はそれを、書くことにしたのだと思う。

 ◇うえもと・いちこ=1984年、広島県生まれ。2003年、キヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞。

 タバブックス 1700円

読売新聞
2016年5月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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