『アカガミ』 窪美澄著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

アカガミ

『アカガミ』

著者
窪 美澄 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309024608
発売日
2016/04/12
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『アカガミ』 窪美澄著

[レビュアー] 朝井リョウ(作家)

知らない自分に触れる

 窪美澄という作家は、人間の予期せぬ姿を描き出す。世間の思う“母親”の、そうではない姿。男の思う“女”の、そうではない姿。私たちがあらゆるものに対して「こうであってほしい」と勝手に設置してしまう輪郭を、突く。

 物語の舞台は二〇三〇年、恋愛も結婚もしなくなった若者の自殺が激増している近未来。二十五歳の女性・ミツキは、ある人から勧められ、「アカガミ」という国が立ち上げたお見合い制度に参加する。国がランダムに組み合わせた異性同士を同居させることで、家族を作ることを目的とした制度だ。サツキという男性を割り当てられたミツキは、家具や食事の支給、体調管理までも行ってくれる手厚いシステムに守られながら、恋愛やセックスを経験していく。やがてミツキが妊娠し、出産したところで、「アカガミ」の本当の目的が明らかになる。

 今の若者は欲が無い、だから恋愛をしないしブランド品も車も欲しがらない――この類いの主張を見つけるたび、私は首を傾(かし)げていた。そんなとき、性交が怖いと吐露するサツキに対し、ミツキがこう答えるシーンに出会った。

 「わからないから、知らないことをするから」

 恋愛やセックスとは、自分の思う“自分”の、そうではない姿に出会う場だ。自分の心や体の予期せぬ反応に驚き、慄(おのの)きさえする。実体験がなくともあらゆることを知った気になれる世代にとって、知らない自分に出会うことへの精神的ハードルは、きっと、とても高くなっている。

 作中、ミツキとサツキが恋愛感情や性欲を手探りで受け入れていく姿は逞(たくま)しく、美しい。わからないことや知らないことに触れ、自分の思う“自分”のそうではない姿に出会うこと――それは、これまでの自分の輪郭を壊す運動では、決してない。自ら創り上げていた輪郭を認めた上で、さらに拡張する運動なのだ。著者は、これからを生きる私たちの輪郭を、小説という形の掌(てのひら)で押し広げてくれている。

 ◇くぼ・みすみ=1965年、東京都生まれ。2011年、『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞を受賞。

 河出書房新社 1400円

読売新聞
2016年5月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加