「日米衝突」の萌芽はどこに

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アメリカの対日政策を読み解く

『アメリカの対日政策を読み解く』

著者
渡辺, 惣樹
出版社
草思社
ISBN
9784794221933
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

「日米衝突」の萌芽はどこに

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

 いわゆる「東京裁判史観」に対する、静かで、強力な異議申立てとして、「草思社史観」というものがあるのではないか。渡辺惣樹の新刊『アメリカの対日政策を読み解く』を読みながら、あらためてそう思った。

 草思社のオモテの顔としては、『間違いだらけのクルマ選び』『大国の興亡』『声に出して読みたい日本語』『銃・病原菌・鉄』などのベストセラーがある。その一方で、ウラの顔ともいうべき著作群がある。「太平洋戦争」への根本的な見直しを敢行する著者の本を徹底的に出し続けるのだ。英サセックス大学教授のクリストファー・ソーンと、市井の現代中国ウォッチャー・鳥居民。故人となってしまった二人に続く「第三の男」が、昭和二十九年生まれの渡辺惣樹のようだ。

 カナダ在住のビジネスマンで、「日曜歴史家」である渡辺の著書と訳書は、この七年間、すべて草思社から出ている。本書で十三冊目である。私はその半分も読んでいないが、本の内容の充実度からすると、超人的なハイスピードである。分厚い本が多い。資料を精査した後に、その成果を歴史物語へと描き上げてゆく。翻訳の場合、原書は百数十年前、七十年前のものもあり、渡辺独特の史眼によってセレクトされている。だから翻訳でありながら、「著作」でもある。守備範囲はペリー来航からTPPまでと長く、その間の日米関係を、おもにアメリカ側の資料と視点で跡づけている。そうした渡辺の全貌を一冊で見渡せるのが、『アメリカの対日政策を読み解く』なのである。

 C・ソーンの『満州事変とは何だったのか』以下の一連の研究を、政治外交史家の池田清は「太平洋戦争相互責任説」と要約している。鳥居民の未完に終わった超大作『昭和二十年』(既刊十三巻)を谷沢永一は「壮大な昭和史」と評した。谷沢とは立場が違う井上ひさしと丸谷才一をも驚嘆させたのは歴史の細部への目配りであった。鳥居民の史書には、資料の博捜に満足することなく、通説を疑い、資料の欠けた「空白」を凝視する眼力と執念にこそ本領があった。

「第三の男」渡辺惣樹のキーワードは「日米衝突」である。渡辺は、日本人の「近代史」「昭和史」を太平洋の反対側から見ていく。いつ、どこに「日米衝突」の根源や萌芽があったか。誰が重要な役割を演じたか。日本とアメリカという二つの国家の力関係からすれば当然なのだが、「日米衝突」の主役はアメリカであり、相手役として日本が、準主役として中国が、脇役としてフィリピンやイギリスが配される。

 本書に収録されたインタビューの中で、渡辺は「私はあまり日本の歴史家の日米開戦時代を扱った本を読んでいません」と話している。「書くことについて別に遠慮する人は全くないし、好きなことを書いていい立場」にあるとも言っている。いわば、戦後的反省からフリーハンドな位置と境地から、英語の一次資料を読み込んでいる。その結果に現われてくる歴史の姿を、渡辺は「あとがき」で、自身こう表現している。

「本書に纏めた論考は、いわゆる「歴史修正主義」と一般には揶揄されている考えに基づいている。(略)単純に言えば、ルーズベルトやチャーチルの進めた外交を懐疑的に見る史観である。戦前のドイツや日本が格別「良い国」であったとする主張でもない」

 否定的評価である「歴史修正主義」を自ら名乗っている。というのは、現在のアメリカや日本で流通する史観を「正統」「正当」とは見做さず、彼らを「釈明史観主義者(アポロジスト)」に過ぎないと見ているからだ。渡辺が現在翻訳中の大著『裏切られた自由』はルーズベルトの前任者フーバー元大統領の著書なのだが、そこには双方の主義者の一覧表があるのだという。

「歴史修正主義はけっしてマイノリティーの見方ではない。ただ、ルーズベルトの後に続いた政権(民主党、共和党を問わず)やその意を受けたメディアが,そうした史観の発表を妨害し、その著者を侮蔑した結果、マイノリティーと誤解されているだけである」

 日米の破滅的な衝突への道は日露戦争直後から始まった、日米戦争の本質は「人種戦争」だった、ルーズベルトは内政にも外交にも見識のない史上最低の大統領だった等、著者の辿り着いた近代史は、「日本の戦後の歴史教育の教えとは全く違っている」。しかし、それは「合理的に歴史を理解したい」と思って、「多くの資料を読み込んだ結果」であって、重要な史実をスルーしている「釈明主義史観」はやがて劣勢に追い込まれるだろうと予言している。

 日本という国がいまなお、アメリカの主流の歴史観に拘束されているのは周知の通りである。渡辺は「アメリカ人と仲良くするには喧嘩するのが一番よいのです」とも述べている。河野談話の継承を迫られる慰安婦問題であれば、証言した女性たちに「反対尋問」が行われなかったことをはっきり訴えるべきだという。北米社会には陪審制度が根づいているから、その点を衝けば、「反対尋問のない証言を証拠採用するのはおかしい」と誰でも納得できるのだという。

 アメリカ人のロジックに沿って、きちんと反論し、議論していくことが、自縄自縛に陥っている「世界の警察国家」アメリカを、その国是や史観から解放する手助けになる。ビジネスの現場で生きてきた人らしいアメリカへの信頼である。日米開戦直前、八十三%のアメリカ国民が戦争反対だった事実を生かせなかった日本外交への渡辺の批判と、それは表裏一体である。

新潮社 新潮45
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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