『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』 津島佑子著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語

『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』

著者
津島 佑子 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087716610
発売日
2016/05/02
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語』 津島佑子著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

故郷を追われた者たち

 今年の二月に没した津島佑子は私たちが歴史の波間で忘れかけた事象を見つめ直す作家だった。本遺作もアイヌとキリシタン、いずれも理不尽に弾圧された人々の物語が中心にある。

 一六二〇年頃、アイヌの母と日本人の間に生まれた幼い少女チカップは五歳上のキリシタン少年ジュリアンと津軽の深浦で出会い、兄妹のように育つが、彼らはキリシタン弾圧を避け、マカオへ逃げる。マカオでは、ジュリアンは神父になるため教会で修行し、チカップは洗濯屋で働く。だが、キリシタン迫害でマカオに逃げて来る日本人が増え、チカップはマカオにも居(お)られず、ジュリアンと別れ、バタビア(現ジャカルタ)へ行き、日本人とイタリア人との間に生まれた男と結婚し、子どもを生むが、いつもアイヌの母と故郷の蝦夷(えぞ)が忘れられない。

 チカップとは鳥という意味の名で、彼女は母が歌った「ルルル、ロロロロロ」と鳥の鳴き声で始まる唄を思い出しては自身もいつも歌う。子どもたちにも歌い、やがて長女と長男を蝦夷まで金を取りに行く者たちの船で密航させる。彼らが蝦夷でアイヌとして生きるよう願い……。

 本篇(ほんぺん)はこの物語に今一つ、東日本大震災で多くの子どもが亡くなった時、八歳で死んだ息子と網走近辺へ旅したことを「わたし」が思い出す物語で包み込む。息子と見学した樺太の狩猟民族ウィルタとアイヌの民俗資料館、「大切なものを収める家」という意味の「ジャッカ・ドフニ」を訪ねたこと、鳥を眺めたことなどを。

 では何故、作者は時代が異なる物語を重ねたのか。大震災での原発事故で海は汚染し、多くの人が故郷を追われた事実とアイヌとキリシタンが受けた迫害と差別とを共鳴させたのだ。

 自身が愛児を失った経験を持つ津島ならではの切実で、迫害される人々へ眼(め)を注いだスケールの大きな作品。しかも本当に大切なものは何、と読者へ強く問い、読後も「ルルル、ロロロロロ」と海を渡る鳥の声が余韻となって響く。

◇つしま・ゆうこ=1947~2016年。東京出身。小説に『光の領分』『火の山―山猿記』『ナラ・レポート』など。

 集英社 2500円

読売新聞
2016年6月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加