『のっぴき庵』 高橋洋子著

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のっぴき庵

『のっぴき庵』

著者
高橋 洋子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062200134
発売日
2016/04/21
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『のっぴき庵』 高橋洋子著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

役者仲間 不器用な老後

 伊豆急下田駅からバスで30分ほどのところにその老人ホームはある。入居者はリタイアした役者ばかり。なぜ「のっぴき庵」か。それぞれのっぴきならないところにいるからだ。

 悪代官や私腹を肥やす大番頭役など何でもこなした「バクさん」。細い顔にデーンと立派な鼻がある三木のり平風の「重(しげ)カネ」……。個性的だが、必ずしも華々しい過去を持たない人たちのところに、スター級だった英幸二が入ってきた。何か起きないはずがない。

 「十根久子……死んだの、知ってるか?」「そういう知らせが入ったんだよ」。英の一言は重カネを打ちのめす。久子はスターの英ではなく、脇役の重カネを選んだ。しかし、重カネは生まれてきた娘の親はだれなのか疑心暗鬼に襲われ続けてきた。別れたとはいえ、自分に連絡がなくて英にあるとは。やはり……。

 実は英の言葉には小さな嘘(うそ)があったのだが、重カネはバスや列車を乗り継いで久子の生まれ故郷、串本に向かう。久子の実家でぽっくり逝きたいとさえ思う。みんなに引き戻され、数十年ぶりに乗った飛行機から眼下を見て思う。きっとみんな不甲斐(ふがい)ないまま死んでいくんだよ。だけどさ、俺の周りにはいっぱい人間がいたよ。いろんな役者がいたよ。時代劇のセットってちょっと臭かったな――。

 「のっぴき庵」の住人たちに私は限りない愛(いと)しさを覚える。そして決して大言壮語せず、いつもおろおろしているようなホームの経営者、今村富夫にとてもかなわないものを感じる。

 富夫はラーメンブームに乗って億の財産を持ってからお金に対する観念を変える。人に尽くしたいと思う。役者は無性に孤独で淋(さび)しがり屋だ。要領よく生きられない。だけど人一倍やさしく、あったかい。だから手を差し伸べたい。富夫の尊い思いは「湯の町忠臣蔵」をみんなで上演、ひとつの結実を見る。できるならホテル「黒船亭」でこの芝居を見たいものである。

 ◇
たかはし・ようこ
=1953年、東京都生まれ。女優。81年「雨が好き」(中央公論新人賞)で作家デビューした。

 講談社 1600円

読売新聞
2016年6月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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