グルーヴ感に圧倒される、町田康の“義経記”

レビュー

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ギケイキ : 千年の流転

『ギケイキ : 千年の流転』

著者
町田, 康, 1962-
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309024653
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

グルーヴ感に圧倒される、町田康の“義経記”

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 社会の秩序を守るためのルールはいざ知らず、文学における通念上の決まりごとなんて、作品を面白くするためなら破りまくったらいいのである。町田康みたいに。そもそも二○○四年に発表した『パンク侍、斬られて候』のハチャメチャぶりが凄まじかった。掛十之進という浪人侍を狂言回しにしたこの小説は、自由奔放すぎる語り口によって世の時代小説ファンを「ぎゃっ」と白眼をむいて卒倒させたのである。

 そんな文学デストロイヤーだから、古典を前にしても平然と横紙破り。河出書房新社刊の日本文学全集に収められた『宇治拾遺物語』における抱腹絶倒の現代語訳で、それまで古典とは縁がなかった衆生を熱狂させたのも記憶に新しいところだが、史伝物語『義経記』を下敷きにした最新作もまた、歴史小説のルールを無視した融通無碍な語り口こそが魅力の小説になっている。

〈速いということは、普通の速度に生きる者にとってはそれだけで脅威。それだけで罪。けれども私にとってはおまえらのその遅さこそがスローモーションの劫罰、業苦〉と語る速力の人たる義経の魂の依り代となった町田康が、日本史上指折りのアイドルの短くも濃いぃ人生を一人称スタイルで駆け抜けるのだ。面白くならないはずが、ない。

 義経の生まれ育ち、性格、たたずまい、平家討伐に向けての無謀だったり無邪気だったりする行動の数々、忠実な家臣たる武蔵坊弁慶の生い立ちや義経との出会いを、読めば大笑い必至の饒舌かつスピーディかつパンクな文体で語りまくり、遂に挙兵した兄頼朝にもうすぐで合流するところで口を閉じる。完成まで全四巻を予定しているこの物語の続きが、もう読みたい、すぐ読みたいと、読者もまた速力の権化と化してしまう、面白の塊のような一冊なのだ。「義経は私だ」と町田康が言い放つなら深くうなずくより他にない、そんな語りのグルーヴ感に圧倒される傑作小説なのである。

新潮社 週刊新潮
2016年6月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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