「大正」を読み直す 子安宣邦 著  

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「大正」を読み直す 子安宣邦 著  

[レビュアー] 鎌田慧(ルポライター)

◆ナショナリズム 復活の根 

 大正デモクラシーといえば、評者などは、字義通りに、大正元(一九一二)年、大逆事件直後の大杉栄、荒畑寒村が創刊した「近代思想」を想(おも)い起こす。この雑誌は、いち早く文化運動から大衆運動の再構築を図り、言論弾圧をかいくぐっていた。

 もちろん、その前後の足尾銅山暴動、米騒動、八幡製鉄所大罷業などの大衆運動の勃興が背景にあったのだが、本書が明治三十八(一九○五)年の最初の民衆騒擾(そうじょう)「日比谷焼き打ち事件」から書き起こされているのは、「マルチチュード」(協同的な多種多様な層)を評価しているからだ。大正期に活躍した六人の思想家や運動家を扱い、現在に残る痕跡が考察されている。

 幸徳秋水を巻き込んだ大逆事件は国家権力による「直接行動論」とその提唱者の肉体抹殺であるばかりでなく、「正当性」を主張する日本の社会主義者による思想的抹殺でもあると言う。

 「<民の力>を本質的に排除した<議会制民主主義>への道は、すでに『大正デモクラシー』そのものが辿(たど)っていった道ではなかったのか」というのが著者のモチーフであり、戦前から戦後まで続く「昭和全体主義」を生みだした「大正」の検証作業である。

 この極めて論争的な本でもっとも力がはいっているのが、津田左右吉の『神代史の研究』の分析である。この時代に古事記と日本書紀によって構築された「神代史」を、完全な虚構と断じて解体し、ナショナリズムの根を断った。和辻哲郎の『日本古代文化』は、その偶像をまたもや再興させようとした営みである、と指摘する。

 大川周明の資本主義の危機を精神的統一による「アジア的原理」で革新しようとする思想は、満州国高官・岸信介に受けつがれ、「アジアの盟主」たらんとする欲望となって破綻する。

 立論のあら筋を紹介すると、論証の丁寧さの魅力が削(そ)がれるが、大正から現在に至るまで秘(ひそ)かに連結するナショナリズム復活の根拠が示されている。

 (藤原書店 ・ 3240円)

<こやす・のぶくに> 1933年生まれ。思想史家。著書『日本近代思想批判』など。

◆もう1冊

 成田龍一著『大正デモクラシー』(岩波新書)。多彩な言論や社会運動が開花した大正期の社会を検証し、その可能性と限界を明示。

中日新聞 東京新聞
2016年6月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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