『近代日本の人類学史 帝国と植民地の記憶』 中生勝美著

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近代日本の人類学史 帝国と植民地の記憶

『近代日本の人類学史 帝国と植民地の記憶』

著者
中生 勝美 [著]
出版社
風響社
ISBN
9784894892279
発売日
2016/04/16
価格
5,400円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『近代日本の人類学史 帝国と植民地の記憶』 中生勝美著

[レビュアー] 月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

戦前、戦中の研究実態

 刺激的な本である。本書には、評者のような団塊の世代の者が学生のころ、東洋史や民族学、宗教学や文化人類学の碩学(せきがく)としてその名を記憶した研究者が次々と登場し、日本が帝国を名乗った時代、彼らが日本の植民地やその周辺地域で実施した調査の実態が明らかにされてゆく。

 日清戦争後、清から台湾を割譲させた日本は、その後、朝鮮を併合し、南洋群島の植民統治に乗り出してゆく。1930年代には満洲に傀儡(かいらい)国家を樹立させた。そして、各地域の古い慣わしを調査して、植民地の法律や土地制度を「整備」し、効率的な支配を模索した。台北とソウルに設立された帝国大学はそうした旧慣調査を担うだけでなく、東南アジア、満洲、蒙古、新疆(しんきょう)などで民族調査を進めてゆく。戦時中には、大東亜共栄圏建設という国策にそって設置された民族研究所が現地調査を推進し、日本軍の支配下にあった張家口(ちょうかこう)には、内陸アジア戦略を念頭におく西北研究所がおかれた。

 これらの研究機関がアジア各地域で実施した研究は、戦後、中国や韓国、また日本でも、厳しい批判にさらされ、研究者の多くは口を閉ざした。そうしたなか、著者はこれらの調査を単に批判するためでなく、その実態をより正確に把握するために、四半世紀という年月をかけた。国内外に散在する文献を渉猟し、20人にも及ぶ関係者からじかに証言を集めた。かつての調査地には自ら赴いて、現地になお残る記憶の糸まで手繰り寄せた。ここには、自ら進んで国策に利用された研究者もいれば、国策を利用した研究者もいる。純粋に学問のみを考えた研究者もいなくはなかった。だが、その場合でさえも、時代の大きなうねりには抗(あらが)えなかった。

 本書が資料に基づいて克明に描き出す戦前戦中の人類学の営みは、今日、学問研究に携わる者たちに、分野を問わず、自らが携わる学問と時代との関わりを考えさせずにはおかないだろう。

 ◇なかお・かつみ=1956年、広島生まれ。桜美林大教授。中国、香港、台湾の植民地関係論文を多数発表。

 風響社 5000円

読売新聞
2016年6月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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