『彼女たちの文学 語りにくさと読まれること』 飯田祐子著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

彼女たちの文学 語りにくさと読まれること

『彼女たちの文学 語りにくさと読まれること』

著者
飯田 祐子 [著]
出版社
名古屋大学出版会
ISBN
9784815808358
発売日
2016/04/11
価格
5,832円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『彼女たちの文学 語りにくさと読まれること』 飯田祐子著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

「ゆらぎ」に戦術読む

 女性作家は〈女性〉を代表しない。むしろ一般から外れた特殊な存在である。しかし常に代表するものとして読まれ、そのようなまなざしと闘い続けなければならない。

 読者の期待は実にさまざまだ。“女性らしい”独自の感性を求められたり、時には卑俗な興味から性的な奔放(ほんぽう)さを要求され、あるいはまた、「新しい女」としてのふるまいを吟味されたりすることもある。これらのまなざしを前に〈主体〉は時に立ちすくみ、不安定なものにならざるをえない。本書はこうした“ゆらぎ”に着目し、逆にそれをバネに、したたかな戦術が発揮されていくプロセスを、田村俊子から多和田葉子に至るさまざまな女性作家のテクストに検証していく試みである。

 その際、本書が特に注目するのは表現自体の持つ身体性だ。たとえば田村俊子の小説には時に過度な感覚描写が氾濫するが、その過剰性が、結果的には同時代の「内面」のあり方への鋭利な批判になっているのだという。われわれが日頃無意識のうちにマイノリティに向けているまなざしは、テクストに秘められたこうした“ゆらぎ”や亀裂によって転倒が企てられ、やがては先入観自体がくつがえされていく。たとえば宮本百合子の「伸子」は、一見女性の自我、という立場から強い意味づけがなされているように見えながら、同時に深層ではそれを裏切るような懐疑が発信されており、結果的に“決めつけ”自体をより深い立場から相対化していく力を発揮しているのだという。

 本書には多くの女性が取り上げられているが、愛国婦人会の創始者、奥村五百子(いおこ)から田辺聖子に至るまで、従来のフェミニズム批評では扱いにくかった人物たちも含まれており、彼女たちの奔放な“逸脱”ぶりもまた一つの魅力になっている。

 あらゆる意味づけの攪乱(かくらん)を狙う本書は、ジェンダー研究の最前線、という「レッテル」をあるいはもっとも嫌うのかもしれない。

 ◇いいだ・ゆうこ=1966年、愛知生まれ。名古屋大教授(日本近現代文学)。著書に『彼らの物語』など。

 名古屋大学出版会 5400円

読売新聞
2016年6月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加