山田宗樹 刊行記念インタビュー「一気読み必至! 『百年法』を超える近未来エンターテインメント大作。」

インタビュー

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代体

『代体』

著者
山田, 宗樹, 1965-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041041260
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

一気読み必至! 『百年法』を超える近未来エンターテインメント大作。〈インタビュー〉山田宗樹『代体』

 ベストセラー『百年法』から四年、理系ミステリーの旗手として知られる山田宗樹さんが新たな題材に選んだのは、医療用に開発された人造人体〈代体〉だ。それは患者を苦痛から解放してくれる夢のテクノロジー。代体に意識を転送すれば、仕事や日常生活を続けることができるのだ。しかしそこには人類が触れてはいけないタブーが潜んでいた──。サスペンスフルかつ深いテーマを孕んだこの長篇はどのように生まれたのか?

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■短篇の着想を長篇に

──書き下ろしの最新作『代体』では、先端科学によって生み出された医療用の人造人体(=代体)が実用化された社会を舞台にされています。義手や義足をさらに発展させたような夢の技術ですが、こうした設定が生まれた経緯を教えてください。

山田 もとになっているのは、以前見た夢です。病気や怪我で入院することになった人が、お金を払って他人に治療の苦痛を肩代わりしてもらう。妙に印象的な夢だったので、何かに使えるかもしれないとメモを取っておいたんです。後日『野性時代』から短篇の依頼をいただいて、あの夢が使えそうだと思いついた。といっても、そのまま書いたのではよくある人格交換ネタ。新しい切り口はないかと頭を捻りました。医療用の人造人体というアイデアを思いついた時には、行けそうだという実感がありました。

──それが短篇バージョンの「代体」(『小説野性時代』二〇一四年七月号)ですね。ラストが衝撃的な医療ミステリーでした。

山田 自分でも手応えを感じて、アイデアを練り直して長篇化したのがこの作品です。人造人体が実用化された社会という基本設定は共通ですが、ストーリーや登場人物は別物になっています。

──この長篇は代体メーカーの若手営業職員・八田輝明が、患者の意識を代体に転送する現場に立ち会うシーンから幕を開けます。病院での転送作業が臨場感たっぷりに描かれていて、たちまち引き込まれました。

山田 物語を楽しんでもらうためには、基本となる設定を理解してもらう必要がありますが、難しい説明が続くと誰だって飽きてしまいます。説明パートは動きのあるシーンを通して、分かりやすく伝えるのが大切です。僕自身、難しい本を読むのはあまり得意じゃないので(笑)、ややこしいことを分かりやすくというのは常に意識しています。

──作中で描かれる代体は、医療器具として現実味がありますね。近年のロボット技術の発達を見ていると、そのうち実用化されるのではと思ってしまいます。

山田 人造人体なんてある意味、突拍子もない設定ですから、リアルに固められるところはできるだけリアルにと思って描きました。人造人体というと一般には、力強いロボットのようなイメージですよね。しかし代体は人間よりも弱いし、エネルギーも一か月しか保たない。あくまで仮の容れ物にすぎない、という位置づけです。

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■肉体と精神が分かれたら

──代体ならではのトラブルも、物語の冒頭で描かれています。代体を使っている最中に、本体の方がなんらかの理由で死んでしまうと、法律的には死亡が確定してしまう。代体に入っている意識は、そのまま消滅を待つしかない。命が宿っているのは、身体か、意識か。難しい問題です。

山田 そのシチュエーションは早い段階から考えていました。意識が抜け出ている状態で肉体だけが死亡すると、意識は帰るべき場所を失ってしまう。これは読者の興味を惹きつける状況だろうと。代体が実用化されたらどんなトラブルや社会問題が起こりうるのか、できる限り想定して描いたつもりです。

──意識と肉体の死のタイミングがずれてしまうという点で、脳死の問題とも似ていますね。

山田 ええ。現実の臓器移植と共通したものを孕んでいるなというのは、書いていて気づきました。思いもよらず色んなテーマを描ける設定だったんです。

──トラブルの起こった病院に急行した八田は、帰るべき肉体を失った男性患者・喜里川に対面します。喜里川の叫びは悲痛ですね。「おかしいでしょう、こんなの。まだ生きられる方法があるのに、使えないなんて」「残りの十日足らずで、どうしろっていうんですか。こんな身体じゃ美味しいものも食べられない」。もっと生きたい、という欲求の描かれ方に、『百年法』と通じる部分も感じました。

山田 少しでも長く生きたいというのは、人間にとって根源的な欲望だと思います。ふだん「人間は老いることに意味があるんだよ」と言っているような人でも、もし不老不死の技術が発明されたらきっと治療を受けると思う。僕自身そうするでしょう。物語のリアリティを出すうえで、人間のそうした一面は避けて通れないなと思っています。

──死を怖れた喜里川は病院を脱走。後日、川原で発見された空っぽの代体から、喜里川が法を犯して、他の身体に乗り移ったことが判明します。次々と転送をくり返す〈クリンガ〉と呼ばれるこうした脱法者を取り締まるのが、〈内務省〉に設けられた特殊チーム。警察ではない点がユニークですね。

山田 代体に絡んだ犯罪を追うにはどんなチームがふさわしいか。もちろん警察も考えたんですが、デリケートな問題にはちょっとそぐわない気がしたんです。そこで内務省という架空の省にある特殊チーム、ということにしました。警察の手にあまるような特殊案件を、ある特権を持ったプロが追いかける。麻薬Gメンのようなイメージですね。

──特殊チームのリーダー・御所オウラは頭の切れるインド系のクールビューティー。部下の斉藤は人なつっこい性格の持ち主。メンバーがそれぞれ魅力的ですが、キャラクターを描くうえで重視していることは?

山田 キャラクターを事前に詳しく設定しておくことはほとんどありません。書いていくうちに、ふさわしい役回りが徐々に定まっていく。斉藤君なんかはいいキャラに育ってくれましたね。当初はもうちょっと真面目な感じだったんですが、周囲との関わりを描くうちに剽軽なキャラになっていった。オウラさんは実は「アルジャジーラ」の女性キャスターがモデルです(笑)。インド系でとても綺麗なキャスターがいて、そのイメージを借りました。

──喜里川の事件と絡んで、〈ダス・ディング〉というクリンガ犯罪組織が登場します。ただし、組織はすでにオウラによって壊滅させられている、という設定ですね。

山田 警察小説のパターンを踏襲して、ダス・ディングを特殊チームが追うという物語にもできたんです。しかし読者をワクワクさせるには、もうひと捻り欲しい。そこでダス・ディングはすでに崩壊しているのに新たなクリンガが現れてくる、という展開にしました。

──ちなみにダス・ディングとはどういう意味なのですか?

山田 ドイツ語で「物」という意味です。漠然とした言葉で、得体の知れない感じを出したかっただけで、それほど深い意味はありません(笑)。

■より面白い答えを求めて

──クリンガ犯罪を追うオウラが目をつけたのは、代体の意識転送システムを開発しているゼロ・テクノロジー社の工場でした。しかし工場を統括しているAIが、査察に入ったオウラと斉藤に牙を剥きます。絶体絶命のピンチを二人がどう切り抜けるか。アクションシーンも見逃せません。

山田 あまり説明っぽくなってもいけないので、アクション的シーンは随所に入れるように心がけました。ラストまでにこうしたシーンは何か所か出てきますが、これも面白く読んでもらうための工夫です。

──危機を脱した二人は、ゼロ・テクノロジーの創業者である麻田ユキオの自宅に向かいます。しかし、ユキオは「神を創造する実験」を開始する、というメッセージを残してすでに死亡していました。ここからストーリーは読者の予想を裏切りながら、大きく展開していきます。まさかこんなに壮大でサスペンス満載の物語が待ち受けているなんて。驚きました。

山田 クライマックスは事前にこうしようと考えていたアイデアがあったんです。オウラさんたちがある人物を追いつめて逮捕する。しかし書いていてまだ弱いなという気がした。結局、そのアイデアは前座のような扱いにして、より大きな事件を扱うことにしたんです。

──お話をうかがっていると、ストーリーもキャラクターも、書きながら考えるという進め方なんですね。

山田 だから書いていてすごく不安です。ちゃんと終われるのか、クライマックスが来るのか、自分でも分からないですから。でも『百年法』の時にこの書き方をしてみて、細かく決めておくよりはるかに面白いものが書けるんだ、という実感を得た。あの経験はすごく大きいですね。

■到達できなかった領域に

──オウラの「この肉体を捨ててまで生きていたいとは思わない」というセリフに象徴されるように、この作品には意識と肉体の関係を問い直すような深いテーマがあると感じました。

山田 僕としてはこれが今回のテーマだ、というのは実はないんです。まずは面白い設定ありき。それを面白いストーリーで展開させていくことが第一で、テーマから小説を考えることはありません。今「深い」と仰いましたが、そう感じてもらえる部分も含めて、エンターテインメントの面白さなんだと思っています。

──クライマックスには、八田とある人物が意識について討論するシーンがあります。ここも山田さんの意見が反映されているわけではないんですね。

山田 作者の考えを登場人物に代弁させると、すごく底の浅い作品になってしまいます。あのシーンは二人にそれぞれの立場から、言いたいことを思いっきり言わせました。僕はそれを書き取っただけ。お互いに主張をぶつけ合っているだけで、よく読むとかみ合っていないところもあるんですが、それだけにリアルな会話になったかなと思っています。

──山田さんはツイッター上で「今作はこれまで到達できなかった領域に届いた気がする」と発言されていましたね。『代体』を書き終えての感想は?

山田 ラストシーンが気に入っているんです。決して派手なシーンではないんですが、淡々とした文章で、ある登場人物の物語を描ききることができた気がしました。これは意図してというより、偶然こう書けたという部分が大きいんです。幸いなことに、これまで到達できなかった部分に手が届いた。あのツイートはそういう意味です。

──ラストが一番の読みどころですか?

山田 色んな要素が入った作品ですので、ここが読みどころですとは言いにくいのですが、あえてひとつあげるならラストの数行になりますね。

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──〈理系ミステリー〉の旗手として知られる山田さんですが、毎回リサーチが大変なのでは?

山田 最近はSF的な設定の作品が多くなりましたから、以前ほど大変ではありませんね。やっぱり現実に即したものを書こうとすると、嘘は書けないので何十冊も文献にあたらないといけない。この作品のような架空の設定だと、想像力で補える部分が多いので気が楽です。今回も意識についての文献は読みましたが、それほど大変ではありませんでした。

──『百年法』にしても『代体』にしても、SF的な設定の中で現代の抱える問題に鋭く迫っていました。今後扱ってみたい社会問題、いま興味のある問題はありますか?

山田 関心のある社会問題はありますが、それを小説に書きたいかというと話は別です。僕にとっては、面白そうな設定を思いついたから書くというのが自然な形。今回の『代体』がまさにそうして生まれた作品ですから。これからも読者に面白い!と感じてもらえるようなアイデアを探して、書いていきたいと思っています。

山田宗樹(やまだ・むねき)
1965年愛知県生まれ。98年『直線の死角』で第18回横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー。2003年『嫌われ松子の一生』でブレイクを果たす。12年刊行の『百年法』は第66回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞し、ベストセラーとなった。他の著書に『魔欲』『ギフテッド』などがある。

取材・文|朝宮運河 撮影|首藤幹夫

KADOKAWA 本の旅人
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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