『夜を乗り越える』
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【話題の本】『夜を乗り越える』又吉直樹著 文学の力を真摯に語りかける
[レビュアー] 海老沢類(産経新聞社)
芥川賞を受けた大ベストセラー『火花』で出版界の話題をさらった人気芸人による新たな文学、読書論。今月発足した新レーベル「小学館よしもと新書」の第1弾で、すでに3刷13万部に達した。
本当の自分と周囲からの評価とのギャップに悩みつつ、笑いを取る快感も知った少年時代。そんな内面の葛藤を和らげてくれた芥川龍之介や太宰治の小説。表現欲の芽生えを振り返りながら、『火花』誕生の舞台裏にも触れる。執筆状況を日々報告した行きつけのバーのマスター、文学になじみのない人にも届く言葉で書くために原稿の一部を同居する芸人仲間に読んでもらったこと、芸人の道をあきらめたある後輩の切実な思い…。発表後、かつてコンビ「線香花火」を組んだ相方が語った鋭敏で愛にあふれた感想も印象深い。
漠としたイメージで語られがちな文学の面白さを必死で言葉にしようとする姿勢が全編を貫く。登場人物の心情や世界観への共感だけが読書の喜びではない。〈今までなかった視点が自分の中に増える〉という〈感覚の発見〉もまた喜びなのだ、と著者は書く。長くて苦しい夜を乗り越える助けになる本の力を、真摯(しんし)に、やさしく語りかける。(小学館よしもと新書・820円+税)(海老沢類)