本格SFのヴィジョンとエンタメの面白さが融合した最強の近未来サスペンス『代体』

レビュー

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代体

『代体』

著者
山田, 宗樹, 1965-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041041260
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

本格SFのヴィジョンとエンタメの面白さ

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 書名の「代体」とは、国立代々木競技場にある代々木体育館の略称。本書は、ふとしたきっかけでアイドルを目指した女子高生がさまざまな困難を乗り越えて代々木体育館でのライブを成功させるまでを描いた青春物語である――というのは著者自身がツイッターで書いてたネタ(のひとつ)で、小説の中身とは関係なくてすみません。

 では、作中の「代体」とは何かというと、人間の体の代用品として、意識の容れものになる人工身体のこと。『攻殻機動隊』に出てくる義体とかとは違って、人間の体からとりだした意識(記憶、自我、人格すべてひっくるめたもの)を一時的に収容する。中古車一台分ぐらいの金額がかかるのに、最長で三十一日間しか使えず、しかも代体から別の代体に乗り換えることは法律で禁止されているため、もっぱら富裕層が怪我や病気の治療期間中に利用している――というのが本書の近未来設定(二十一世紀半ばぐらいか)。

 ふつう、この手の設定のSFだと、意識を肉体に残したままで代わりになる人工身体を遠隔操作する(テレロボティクス)か、意識をデジタル化してコンピュータまたはネットワークにアップロードする(それをロボットの体に移す場合もある)かなんですが、『代体』はそのどちらでもない。医療用のナノロボットを脳に注入して意識を写しとり、医療機関などに設置された専用の転送装置を使い、人工ニューロンで構成された脳デバイスに、〝基底次元移動〟(という架空の超技術)を利用して転送する。

 主人公の八田輝明は、タカサキ・メディカル工業に勤務する代体担当の営業マン。顧客のひとりである喜里川の意識が代体に宿っている最中、本体のほうが手術の失敗で急死するという事態が発生。法律的には死者となった喜里川の意識は、代体の耐用期限切れとともに消滅するはずだった。ところが、その代体は消息を絶ち、やがて、変わり果てた姿となって山中で発見される。喜里川は人知れず二度めの死を迎えたのか? だが、調べてみると代体のエネルギーユニットにはまだ残量があった。喜里川の意識は、消滅する前に代体を抜け出し、どこかへ転送されたらしい。

 茫然とする八田の前に、褐色の肌を持つ長身の美女が現れる。彼女は、内務省特殊案件処理官、御所オウラと名乗った……。

 と、ここまでで全体の約七分の一。特殊設定の近未来サスペンスという感じの導入ですが、物語はここから二転三転、思いがけない展開を見せたあと、最後の直線は、そこまでやるかと仰天するほどの大きな飛躍を遂げ、本格SFど真ん中を突っ走る。

 核になるのは、意識転送理論を考案した天才科学者、麻田ユキオ。みずから設立したゼロ・テクノロジー社で意識転送システムを完成させ、代体メーカーにライセンスしている。しかし、転送システムの不正利用をめぐるスキャンダルにからんだ社内クーデターで会社を追われ、最近は別荘にひきこもって誰とも会わないという。このマッドサイエンティストが思い描いた計画とは……。

 意識が他人の肉体に宿ったとき、その人物は誰なのか。わたしがわたしであることはどうやって決まるのか。人間が人間であるとはどういうことか。「トータル・リコール」などのフィリップ・K・ディック作品を彷彿とさせる哲学的テーマを扱いながら、小説はぐんぐんスケールアップ。最後は人類の未来どころか、この宇宙全体を揺るがすところまで到達する。

 その一方、御所オウラ率いる内務省チームの捜査パートは、キャラの立ったメンバーたちの会話と脱力系のユーモアをまじえ、よくできた警察小説のようにぐいぐい読ませる。広げるだけ広げた風呂敷の畳み方(物語の最終的な着地点)もすばらしい。本格SFのヴィジョンとエンタメの面白さが融合した最強の近未来サスペンス。小松左京『継ぐのは誰か?』、高野和明『ジェノサイド』の系譜に連なる新たな傑作が誕生した。

KADOKAWA 本の旅人
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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