近いからこそ遠い家族、遠そうでいて近い他人

レビュー

7
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ファミリー・レス

『ファミリー・レス』

著者
奥田 亜希子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041039045
発売日
2016/05/25
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

近いからこそ遠い家族、遠そうでいて近い他人

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 読み終えた時、「うわ……」という声が思わず漏れた。この著者、やっぱりただ者じゃない。なんだかもう、びっくりするぐらい、巧い。

 奥田亜希子は一九八三年生まれ。二〇一三年に、恋愛感情を持てない女性とアイドルオタクの男性の交流を描く『左目に映る星』(「アナザープラネット」を改題)で第三十七回すばる文学賞を受賞してデビュー。二作目の『透明人間は204号室の夢を見る』は、若くしてデビューして注目を浴びたもののその後書けなくなってしまった女性作家の物語で読書家たちから高い評価を得た。三作目となるのが本作『ファミリー・レス』。「家族が欠けている」という意味だと解釈できるこのタイトルからも想像できるが、〝家族〟という言葉から喚起される一般的・肯定的なイメージから微妙にずれたところの人と人との繋がりを描いた短篇集だ。

 第一話の「プレパラートの瞬き」では、シェアハウスに暮らす二十二歳の広告代理店勤務の希恵が主人公。幼い頃から母や姉の影響で否定的な言葉を口にするのが苦手な希恵だが、同居人・葉月の毒舌にある秘密の思いを抱いている。第二話の「指と筆が結ぶもの」は、希恵の上司である万悠子とその夫・売れない画家の鉄平が、万悠子の親戚の結婚式で里帰りし、祖父母の家に泊まる。祖母は稼ぎのない鉄平に冷たいが、祖父の態度はまた違う。二人には万悠子に対する、ある共通点が。第三話「ウーパールーパーは笑わない」は、離婚して以降、娘と定期的に会っているもののつい無神経なもの言いをしてしまう四十五歳の男が、ウーパールーパーを飼い始める。第四話「さよなら、エバーグリーン」は、二週間だけひいおばあちゃんが滞在することになった家の中学三年生の息子の、淡くほろ苦い初恋の物語。第五話「いちでもなく、さんでもなく」は、事故で亡くなった双子の妹夫婦の娘を引き取り、社会人になるまでに育て上げた人の良い姉の複雑な心境を丁寧に掬う。第六話「アオシは世界を選べない」の語り手は、なんと犬だ。美大講師だった父親が亡くなり、婚約破棄の上に無職となった娘がふさいだ日々を送っているところに、父に線香をあげたいという青年が訪ねてくる。が、二人の会話は思わぬ方向へ……。

 両親がいて、その両親から生まれた子供が一人か二人。昨今で家族というと、そんなパターンが頭に浮かぶ。本作では、そこに当てはまらないところでの、人と人(あるいは動物)との心の接触が、時に痛快に、時にほろ苦く、時に温かく描かれていく。身内のような近い人なのに遠く感じることもあれば、身内ではない遠い存在だからこそぐっと距離が縮まることもある。そんな人間関係の妙味と人の心の襞の複雑さを、的確にとらえているのが本作だ。

 人物造形もしっかりしている。何人かが複数の短篇に登場するので、同一人物を違う角度から見る面白さがあるが、しかし見事なのは片方の短篇で描ききれなかった部分をもう一篇の短篇で補う、というような登場のさせ方をしていない点。どの脇役も、読み進めるうちに人物が立体的に見えてくるのではなく、ひとつの短篇のなかですでに一人ひとりが立体的に見えているのだ。

 それぞれの悩みもステレオタイプではなく奥行きをもたせているため、安直な人情話になんてなっていない。姉を憎んでいるのに他人に「死んじゃえばいいのに」と言われると「それは嫌」と泣きながら声を絞りだす妹の傷だらけの愛情、スイカスカッシュのことで怒る姿を見てその女性の夫と祖父が目を合わせて笑った時の幸福感、どこまでも無神経で未成熟な男がやっと抱いた自覚の念。どれもこちらの胸にぐさぐさ刺さってくる。生身の人間たちのかさかさに乾いた心のなかに、きっとプラスに繋がるであろう潤いが満ちる刹那をとらえたこの六篇。読み終えた時は、こちらの胸も一杯になっている。

KADOKAWA 本の旅人
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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