『県庁の星』の著者が描く、極上のエンタテインメント

レビュー

5
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

総選挙ホテル

『総選挙ホテル』

著者
桂 望実 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041038994
発売日
2016/05/30
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

極上のエンタテインメント

[レビュアー] 松田哲夫(編集者、書評家)

 創業四十五年という老舗ホテルを舞台にしたこの小説は、読み方によっていろんな楽しみがある。

 まず思いつくのは、昔懐かしい「グランドホテル形式」である。ホテルを舞台にしているからではないが、「ある場所を舞台に多くの人物のドラマを交錯させる手法」であるグランドホテル形式の典型と言ってもいい出来映えである。

 また、仕事の現場をクローズアップしたサクセスストーリーまたは企業再生の物語でもある。しかし、この手のお話は「プロジェクトX」のようなドキュメンタリーの場合、「一丸となって」といったきれい事になりがちだ。一方、ドラマになると、派閥や人脈、ライバル会社や銀行筋などが絡んできて、勧善懲悪の物語にすり替わっていくことが多い。この小説は、そのどちらでもないのが良い。

 さらに、このホテルの各部署の人たちのエピソードの中には、それぞれの仕事における工夫や苦労が具体的に描かれている。こういう面から見ていくと、近年盛んな「お仕事小説」としても読者を満足させてくれるものを備えていると言えるだろう。

 さて、どういう物語なのか振り返ってみよう。経営不振に陥っていたフィデルホテルは、かつての栄光を取り戻そうと、リストラ、経費節減、新商品開発、宣伝強化、料金値下げなどあらゆる手を打ってきた。しかし、有効打は見つからず、身売りか商売替えかというところまで追いつめられていた。

 経営の舵取りを任せられた投資ファンドの柴田貴之は、大学で二十八年間、社会心理学の研究をしていた元山靖彦を、このホテルに社長として送り込む。元山は、経営はもちろん、会社に勤めた経験も皆無の学者だった。柴田は元山の二十年下だが、「先生の考えはユニークだし面白いと思うが、説得力の点では弱い」と批評していた。そこで、このホテルで「実体験をしてみませんか」と声をかけたのだった。

 元山は、次々と奇手奇策を繰り出す。その第一弾が「総選挙」だった。それぞれの部署で約二割の定員減を実現しながら、すべての部署の要員全員について、全員の投票で決めるというものだった。企業(組織)全体を活性化するには、ドラスチックなガラガラポンしかないということなのだろう。

 さらに言えば、組織というものは有機的に繋がっているので、現場同士の方がお互いの仕事を評価できるのかもしれない。元山がその後に打ち出した、全管理職の選挙や、監視カメラ映像による接客評価なども、個々の社員が会社全体を見通す視野を持つことの大事さを示唆しているのではないか。

 主な登場人物は、元山新社長と、その方策を実施していく永野伸夫支配人、それに、最初の総選挙で他部署で選ばれ異動になった四人である。

*黒田雅哉(38~40歳)、企画部→料飲部ホール課、管理職

*中西基晴(26~28歳)、調理課→ベルボーイ

*小室萌(30~32歳)、フラワー課→フロント課

*後藤史子(43~45歳)、客室清掃→ウエディング部

 読み進んでいくと、このセレクションが効いてくるのがよくわかる。彼らが、巻頭と巻末に就活中の学生向けに語っているビデオが出てくる。一人一人が、企業再生前と後では、どのように変化しているのか、いないのか? このあたりの微妙な描写は見事である。

 さらに、この壮大な実験によって一番大きく変化したのは誰か? 「一丸となって」でも「勧善懲悪」でもない感動的な人間ドラマがここにはある。

 わかりやすい状況設定、バランスの良い人物セレクション、軽快な語り口、適度な笑わせどころ、泣かせどころ、「仕事とは?」という根本的な問題提起、そして、サラリとENDマークにいたる。まさに極上のエンタテインメントである。

 これだけの筆力の持ち主が、主だったエンタメ系新人賞の候補にすらなっていないとは……。

KADOKAWA 本の旅人
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • このエントリーをはてなブックマークに追加