天安門事件から陳光誠脱出劇まで
[レビュアー] 山村杳樹(ライター)
著者は二〇一一年より北京に赴任した時事通信特派員。本書は、着任以降に書かれた配信原稿に当事者の証言を重ね、現時点の評価を加えて「歴史的瞬間」を再現するという手法が採られている。取材対象となっているのは、一九八九年の天安門事件に参加した人権派弁護士・浦志強、北京の米大使館に保護された盲目の人権活動家・陳光誠、「新公民運動」の創始者・許志永、二〇一〇年にノーベル平和賞を受賞した民主派作家・劉暁波といった著名人の他、無名の民主活動家や調査報道記者たち。いずれも共産党一党独裁体制に抵抗し、逮捕・起訴、拘束、拷問などの弾圧を受けた人々である。
習近平共産党総書記の父、習仲勲元副首相は毛沢東の政治迫害を受け「反革命」の汚名の下、十六年にわたり自由を奪われた。習近平も農村に下放され、貧困と飢餓に苦しんだ。このような経験を持つ最高指導者の登場に、一時、法治国家、言論の自由への期待が盛り上がったが、習近平指導部は、人権派弁護士の一斉逮捕という強権弾圧で人々の希望を圧殺した。本書にはインターネット空間で繰り広げられる民間と政権の攻防や改革派内部の分裂、共産党主導による反日プロパガンダの実態などが生々しく描かれている。特に、公安監視下にあった陳光誠の脱出劇は迫真のドキュメントとなっている。この他、北京に集まる陳情者たちの哀話、新疆ウイグル、チベットにおける苛酷な抑圧、エイズ禍に苦しむ女性の告白など、現在の中国が抱える「敏感な」問題が幅広く採り上げられている。本書を読めば、一党独裁体制の維持を至上目的とする習政権が強権と恐怖の圧力で異議を押さえ続ける一方、民衆側には権力への不満が鬱積し、暴発への圧力が高まっていることがひしひしと感じられる。果たして緩やかな改革への道は開かれるのか。本書には、そのために闘った勇気ある人々の五年間の「労苦」と「代償」の記録が確かに書きとめられている。