『シスト』初瀬礼/『301号室の聖者』織守きょうや
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
近未来スリラーに新しい書き手が現れた。『シスト』(新潮社)は、これが二冊目の著作となる初瀬礼による柄の大きな作品である。二〇一四年に西アフリカでエボラ出血熱患者が爆発的に増大し、日本への影響が危惧されたことは記憶に新しい。パンデミック、疫病の爆発的流行は現代におけるもっとも身近な恐怖の一つである。本書は、その抑止を巡る物語だ。
紛争地域の取材などで名を上げてきたビデオジャーナリストの御堂万里菜は、あるとき自分が初期の認知症であることに気づく。己の才覚一つで身を支えてきた人間にとって、それは死刑宣告に等しい事態だった。彼女は最後の仕事として、自身の病状進行そのものをドキュメンタリーとして映像に収めようと考える。そんなある日、所属会社から万里菜は一件の取材要請を受ける。タジキスタンで原因不明の集団感染が発生、すでに数百人規模の死者が出ているというのである。同国の首都が発生源となったことからドゥシャンベ・ウイルスと呼ばれるようになった謎の疾病を調査するため、万里菜は現地へと飛ぶ。
この一件と並行して謀略の存在を暗示する挿話なども語られ、物語は中盤から大きく膨らんでいく。疫病流行を恐怖の源泉にしたスリラーは珍しくないが、ウイルスの正体など随所に目を引く着想が盛り込まれており、読む者を飽きさせない。
もう一作も若手の作品である。織守(おりがみ)きょうやは二〇一三年のデビュー以降、謎解きミステリーからホラーまで、ジャンルを横断しつつ執筆を続けている期待の新鋭だ。現職の弁護士という本業を活かした作品も手がけており、新米の木村と先輩の高塚という、同じ法律事務所に所属する二人が主役を務める連作が、現時点での織守の代表作になっている。『301号室の聖者』(講談社)は、その木村と高塚が看護過誤訴訟を担当することから始まる内容である。
「丸岡凌子対笹川総合病院」と題された訴訟ファイルから話は始まる。原告の母親である丸岡輝美は、入院中に病院食を誤嚥したことが原因で死亡した。看護態勢に落ち度がなかったか、確認のために笹川総合病院を訪れた木村は、慢性的な人手不足が続く現場の実態を思い知らされる。看護する側、される側の思いに触れていくうちに、彼は弁護士として自分が本当にすべきことは何なのかを考えるようになるのだ。
ミステリーの形式をとっているが、謎解きで驚かすことよりも登場人物たちの心の動きを緻密にたどっていくことに力点が置かれた小説である。病棟を間違えたことによって木村は早川由紀乃という十四歳の入院患者と出会うが、そのことも補助線として用いられ、物語は立体化していく。終末医療におけるQOL(生活の質)についても改めて考えさせられる良作だ。