『姉・米原万里 思い出は食欲と共に』 井上ユリ著

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姉・米原万里 思い出は食欲と共に

『姉・米原万里 思い出は食欲と共に』

著者
井上ユリ [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163904542
発売日
2016/05/14
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『姉・米原万里 思い出は食欲と共に』 井上ユリ著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

個性的に精一杯生きた

 没して十年、米原万里の著作は今も人気がある。本書を読むと、その理由もよくわかる。

 三歳下の妹の著者が万里の文章も引用しつつ、その違いを指摘したり、新たに思い出したりしながら、姉の五十六年の生涯を綴(つづ)るからだ。

 ただ読み進めると、副題通り家族や姉妹で味わった様々な料理や食べ物の話が実に多い。

 まんじゅうを七十五個食べた父。雑煮の餅を九個平らげた万里。他にも米原家一族が集って中華料理を食べに行くと、余りに早く食べ終わり、給仕がまだ注文の品を出していないとカン違いし、再度料理を持って来た話や、幼い著者が焼き芋の夢を見て、隣に寝ていた万里の脚を齧(かじ)った等々。驚くような、笑い出す話が次々に。

 著者が料理人なのも無関係ではないが、料理が美味(おい)しいのは単に味付けだけではなく、共に食す人々との雰囲気も味わうからだ。だから思い出と強く結びつく。それほどに家族は仲が好(よ)く、特に姉妹は何でも語り合う仲だったのだ。

 それにしても父は戦前、十六年も地下活動をし、戦後は日本共産党幹部、母は女学校教師も勤めた哲学好き。それだけに娘二人の個性を重んじる家庭だったようだ。万里がボリショイバレエに夢中になり、バレエを習わせると、学芸会で四十分も一人で踊り続けたとか、家の白い壁に絵を描いても母は叱らずに喜んだとか。

 加えて父の仕事でチェコスロバキア(当時)のプラハに五年間暮らした経験も姉妹の個性を育てたようだ。入学したのはソビエト学校で、多くの国の子ども達(たち)に出会い、二人は友だちとよく遊び、夏休みにはキャンプを楽しみ、国際感覚を身に着けた。しかも授業でロシアの誇る詩と散文を暗唱させられたから、万里は文学好きになり、自らも後年、手紙に家族の綽名(あだな)を取り入れた実に楽しい詩も書いている。

 読了すれば本書には特異とはいえ、戦後の明るい解放感が漂い、米原万里は短い生涯であれ、個性的に精一杯楽しく生きたとよくわかる。

 ◇いのうえ・ゆり=1953年、東京生まれ。料理研究家。井上ひさしさん(故人)の妻。編著に『米原万里を語る』。

 文芸春秋 1500円

読売新聞
2016年6月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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