『心臓の科学史』 ロブ・ダン著

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心臓の科学史 -古代の「発見」から現代の最新医療まで-

『心臓の科学史 -古代の「発見」から現代の最新医療まで-』

著者
ロブ・ダン [著]/高橋洋 [訳]
出版社
青土社
ISBN
9784791769223
発売日
2016/04/25
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『心臓の科学史』 ロブ・ダン著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

心を生んだ鼓動の秘密

 米国の歌手スティーヴィー・ワンダーに「ブラック・マン」という歌がある。心臓手術にはじめて成功したのは黒人だった、という歌詞がある。本書は、19世紀末に世界初の心臓外科手術を成し遂げたこの医師の話から始まる。心臓は自発的に律動するが、脳はぐにゃりとしている。古代の人々が心臓に心が宿ると思ったのは当然だ。しかし現代、心は脳に宿るとされる。だから僕は脳の本を沢山読んだ。でも心のことはわからないままだ。むしろ、心臓のことを学んだら心の新しい見方ができるかも知れない。

 心臓科学の歴史に残る人々が魅力的に描かれている。2世紀、動脈と静脈を発見したガレノスは、ローマの剣闘場の専属医師だった。16世紀、ヴェサリウスとハーヴェイは、心臓の解剖学と生理学を作り上げた。20世紀前半、フォルスマンは自ら実験台になり心臓カテーテル挿入に成功した。同じころ、ギボンとホプキンソンは人工心肺の製作を決心し、約20年後に成功した。ところが、心臓移植の話に進むと著者の筆はきびしい。功名心が動機付けになっている事例が多いからだ。日本でもそんなことがあった。

 原子力駆動の人工心臓、ミイラの動脈硬化、コレステロールを下げる薬品を開発した遠藤章の生い立ち、脊椎動物の心臓の進化、動脈硬化になりにくいチンパンジー等々興味深い話題が続く。「心臓博士」になれそうだ。一生の鼓動数はどんな動物種でもおよそ10億である、しかし人間だけは医学によっておまけの15億回が付いてくるという話を読み、おまけの鼓動で生きていることを僕は自覚した。黄昏(たそが)れるなあ。

 鼓動で血を流すのではなく、連続的に血を流すように心臓が進化していたら、僕らの心はどうなっていたのだろう。メリハリとリズムがなさそうだ。音楽がなかったかも知れない。言葉もなかったかも知れない。心臓の鼓動というリズムの上に僕たちの心ができたという見方も、強引だが可能であろう。高橋洋訳。

 ◇Rob Dunn=米ノースカロライナ州立大准教授。専門はエコロジーと進化論。

 青土社 2800円

読売新聞
2016年6月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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