『記憶の政治 ヨーロッパの歴史認識紛争』 橋本伸也著

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記憶の政治 ヨーロッパの歴史認識紛争

『記憶の政治 ヨーロッパの歴史認識紛争』

著者
橋本 伸也 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000611244
発売日
2016/04/26
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『記憶の政治 ヨーロッパの歴史認識紛争』 橋本伸也著

[レビュアー] 奈良岡聰智(政治史学者・京大教授)

評価逆転、確執を生む

 現在東アジアでは、歴史認識問題が深刻化している。1980年代以降、歴史教科書、靖国神社参拝、慰安婦など様々な問題が噴出してきた。日中・日韓歴史共同研究や戦後70年談話など、解決や和解の試みも模索されてきたが、終着点が見えないまま、日本では「反中」「嫌韓」感情が高まっている。「過去」の問題は解決済みであり、問題悪化の原因は全て周辺国にあると見る者さえいる。まことに由々(ゆゆ)しき事態である。

 東アジアとは対照的に、ヨーロッパは歴史対話と和解を順調に進めてきたというイメージが、日本では漠然と抱かれている。しかし、そうではないと著者は説く。とりわけドイツ、ロシア(ソ連)という大国に翻弄されてきた中東欧やバルト諸国では、複雑な「歴史・記憶紛争」が展開しており、事態は深刻だという。本書は、このうちエストニアなどの例を考察している。

 ソ連から独立したバルト諸国では、新しい国民史の構築が課題となっている。しかし、社会主義時代を「負」と描くことは、ロシアやロシア系住民との新たな対立の原因にもなっている。第二次世界大戦中にソ連に組み込まれたことを「編入」「占領」いずれと見るのかなど、合意形成の難しい問題が多数ある。反ファシズムの「英雄」がユダヤ人虐殺の戦争犯罪人になり、ナチス協力者が対ソ抵抗運動の「闘士」になるなど、「評価の逆転」がさらなる確執を生む。著者は、洋の東西を問わず、歴史と記憶が政治的に動員されている構図があるとし、その中で東アジアの問題を捉え直す必要があると主張する。慧眼(けいがん)である。

 ロシアの積極的な「歴史政策」も明らかにされている。昨年モスクワと北京で行われた戦後70周年の戦勝記念式典を、プーチン大統領と習近平主席が相互訪問したこと、北方領土問題でロシアが攻勢を強めていることも、この文脈で初めて理解できる。東アジアの歴史と将来に関心を持つ人にも必読の書である。

 ◇はしもと・のぶや=1959年、京都市生まれ。関西学院大教授。著書に『エカテリーナの夢 ソフィアの旅』など。

 岩波書店 2500円

読売新聞
2016年6月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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