石原慎太郎のハッピーオーラに彩られた“霊言”本〈倉本さおり、ベストセラー街道をゆく!〉

レビュー

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天才

『天才』

著者
石原, 慎太郎, 1932-2022
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344028777
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

石原慎太郎のハッピーオーラに彩られた“霊言”本

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

「なんかエライ人の書いたスピリチュアル本がめっちゃ売れてるらしいよ!」。数か月前、年若い友人が教えてくれたその本の帯には、確かに「衝撃の霊言!」とあった。――そう、幻冬舎刊『天才』、またの名を「あの石原慎太郎が田中角栄に成り代わって書いた衝撃のモノローグ」である。

 今年1月の発売以来、売上累計は75万部を突破。現在も安定して売れ続けている。無論それだけの大ヒットの背景には前フリもあった。まず、『田中角栄100の言葉』(宝島社)をはじめ、ここ2年ほど角栄ブームがじわじわ広がりを見せていたこと。加えて、豊崎由美・栗原裕一郎『石原慎太郎を読んでみた』(原書房)など、慎太郎の「文学」の部分に改めてスポットを当てる動きが出ていた点も要因に挙げられる。

 とはいえ最大の売りは、その取り合わせの意外性。「かつて石原さんは、角栄氏の金権政治を真っ向から手厳しく批判していましたから。リアルタイムで知る世代には驚愕の本だったようです」と担当者は語る。さらに、本文のフォントはかなり大きめ、行間や天地のアキもゆったり組まれている。シニアに優しいユニバーサルデザインも、想定していた読者層のハートを的確に撃ち抜いたわけだ。

 嬉しい誤算は、予想以上に幅広い層に響いた点。小学生からも感想ハガキが届くという。その牽引力に秘密があるとすれば、やはり著者・慎太郎の「〈俺〉語り」ということになろう。

「成り代わって」と銘打ってあるが、実際はボキャブラリーも文体も言葉尻も、徹頭徹尾「石原慎太郎」である。そんな〈俺〉が日中国交正常化について、ロッキード事件の真相について、熱っぽく持論を展開する――読者の胸に浮かび上がるのは、田中角栄という生き様への強烈な「憧れ」だ。

 ギリシャの悲劇詩人・アイスキュロスの名言に「憧れは幸福をもたらす」という主旨のものがある。つまりこの本、慎太郎のハッピーオーラに彩られていると考えれば――くだんの「スピリチュアル」発言もあながち間違いじゃないかも?

新潮社 週刊新潮
2016年6月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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