近藤史恵・インタビュー 選手たちの持つ悲哀と色気『スティグマータ』刊行記念

インタビュー

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スティグマータ

『スティグマータ』

著者
近藤 史恵 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103052555
発売日
2016/06/22
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『スティグマータ』刊行記念インタビュー 近藤史恵/選手たちの持つ悲哀と色気

――シリーズ待望の最新刊は、『サクリファイス』『エデン』のその後の物語でもあり、ツール・ド・フランスという世界最高の自転車レースを舞台にしたサスペンスでもあり……これまでのファンはもちろん、初めて触れる方にも楽しんでもらえる作品ですよね。

 白石誓こと「チカ」が主人公の長編という意味では、二作の続編にあたりますね。『エデン』の後に『サヴァイヴ』『キアズマ』の二作がありますが、前者は外伝的な短編、後者は大学自転車部の話。

 前作の『キアズマ』は、読者の方から「このシリーズで初めてロードレースの世界に触れた」という嬉しい声をたくさんいただいたので、そういう方たちに向けて、主人公自身も何も知らない状態からこの世界に入っていく、という設定で書いてみようと思ったのがきっかけでした。

 でもやっぱり、ドラマとして面白いのは、ツールだったり、プロの世界。さらにいえば、チカは年齢的に、そろそろ選手としては下り坂に差し掛かってきます。その悲哀みたいなものを書いてみたいというのもありました。

――二十代の終わりにして下り坂……。プロスポーツの世界は厳しいですね。

 肉体的なピークはとうに過ぎていますからね。三十代が見えた時点で、今後のことも考えていかなければいけない。

 今回は、国内で活躍していたチカのかつての同僚、伊庭も、ツールを走ります。これも、選手としての終わりを見据えた時どうしたいか、という問いに、「ヨーロッパに出ていきたい」と、私の中の伊庭が答えた結果です(笑)。それなら彼にもツールを走らせよう、そうしたらチカの方も触発されて、また違った感情が湧いてくるかなと。ツールを走る唯一の日本人という立場が揺らいで、居場所を奪われるような苛立ちとか、嫉妬とか……。

――シリーズ全体に言えることですが、いわゆる「スポ根」的な青春小説とは一線を画した物語です。

 諦めとか、人生の苦さというものを含んだスポーツ小説を書きたいと思っています。チームのエースであるニコラも、『エデン』ではキラキラしたキャラクターとして書いたので、だからこそ今回は、うまくいかなくなった時の葛藤を書きたかった。

 ロードレースに限らずスポーツ全般で言えることですが、出てきた時には「驚くべき才能」と絶賛された選手が、どこかで突然、思うようにならなくなり、苦しい状況に追い込まれることがありますよね。それは傍観者としてみれば、すごく深みがあるというか、色気のある状態でもあると思うんです。

――作中の表現でいえば、選手のもつ「物語」に引き寄せられるというか……。

 人は皆、自分勝手な物語を描きながら生きていると思うんですよね。誰しもが自分にとって都合のいい物語をつくることで、いろいろな物事を処理している。

 でも、それは決して悪いことばかりではなくて、物語があれば、しんどい状況でも切り抜けられたり、しんどいこと自体に気付かないまま、そこに没頭してやり過ごしたりもできる。それが、物語というものの持つ効用だと思うんです。

――他のキャラクターもそれぞれに魅力的ですが、人物造形はどのように?

 特に年表などをつくっているわけではなく、書いているうちに、自然とその人の歴史ができあがってくる感じです。

 今回は、ドーピングの発覚により一度姿を消したけれど再びツールに復活する、メネンコという人物が出てきますが、彼などはロードレース好きの方が見れば、「あの選手がモデルかも」と思われるかもしれません。実際は特定の人物がモデルというわけではなく、何人かの事例を組み合わせたうえで、「今、あの人が戻ってきたら、どうなるんだろう」という思考実験のような側面があるのですが。

――近年、ロードレースにおける日本人選手の活躍は益々目覚ましいですよね。

 彼らのさらなる飛躍を期待する気持ちと共に、小説は常にその一歩先をいっていなければいけない、という思いもあります。かといって、絶対起こりえないことを書いてもつまらないです。日本人選手初のステージ優勝とかも、現実になる前に書きたい気持ちはあるのですが。とりあえず、チカが引退するまでは筆を置けないと思っています。

 特殊な世界のようですが、彼らの直面する悩みや問題は、ある意味では私たちと変わりません。彼らの物語をご自分の物語に引き寄せて、読んでいただけたら嬉しいです。

新潮社 波
2016年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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