昭和史の魅力【自著を語る】

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昭和史

『昭和史』

著者
古川 隆久 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784480068873
発売日
2016/05/09
価格
1,100円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

昭和史の魅力【自著を語る】

[レビュアー] 古川隆久

 歴史は、学校で習う教科の一つでもあり、歴史学という学問分野の一つでもあるが、娯楽、楽しみの一つでもある。過去のできごとや人物をテーマにしたテレビ番組、テレビドラマ、映画、小説、漫画、コンピュータゲームは山ほどあるし、旅行に行けばだれでも史跡の一つぐらいは観るだろう。それに、自分史を書こうという人は少なくないし、歴史研究を趣味にしている人さえいる。歴史学者になりたいという人だって、興味を惹かれる何かがあるから学問の道をめざすのである。歴史には、人々を惹き付けるなんらかの魅力があることは明らかだ。

 人は歴史に何を求めるのか、いいかえれば歴史の魅力とは何か。自分で調べて文章にする人と、誰かが用意してくれたものを楽しむ人では、求めるものは違うだろう。縄文時代が好きな人と大正時代の歴史が好きな人でも違うだろう。ジャンヌ・ダルクに興味がある人と織田信長に興味がある人でも違うだろう。歴史の魅力とは、人それぞれということになる。

 そうしたなかで、いわゆる昭和史も一定の人気があるジャンルである。最近は昭和史のなかでも戦後史への関心が高まっていたようだが、一昨年九月の「昭和天皇実録」の公開や、昨年八月の安倍首相の終戦七〇周年談話問題などをきっかけに、昭和戦前・戦中期への関心も盛り返しつつあるようだ。

 昭和史とは、日本の近現代史あるいは現代史の一部ということになるが、日本史に限らず、近現代史の特徴がいくつかある。わかりやすい例としては、その時代に生きていた人がまだ生きている、今とあまり変わらない言葉が使われていた、今でもある文化や習慣や仕組みがあった、といったことがあげられる。

 つまり、歴史のなかでも、近づきやすそうな、わかりやすそうな時代が近現代史であり、日本の場合でいえばそれが昭和史の魅力の一つということになるだろう。

 しかし、この魅力には落とし穴がある。激動の昭和史を生き抜いて来た方の思い出話が貴重なことはいうまでもないし、その方にとってはその思い出が「真実」であろうけれども、それがそのまま「事実」でないことは歴史学研究のイロハである。

 七〇年、八〇年前のことを日時まで正確に覚えている人はほとんどいないし、個々のできごとに対する解釈となると、長い人生の間の実経験や読書経験やしがらみを経ているので、その当時どう考えていたかをきちんと思い出してもらう、あるいはそれをありのままに話してもらうことは意外とむずかしい。

 言葉だって、今でも使われている言葉が何十年か前は今と違うイメージだった例は珍しくない。「自由」とか「民主」とかいう言葉は、太平洋戦争中には悪いイメージの言葉だったのである。文化や習慣や仕組みも同じ問題をはらんでいる。

 自分で研究してみるという立場からの昭和史の魅力とは、一見わかりやすそうで、実はそうではないところにある。すぐにわかった気にならずに、根気強く史料を集めて読み解き、学者同士で議論を交わしてまた考える。そして、自分が抱いた疑問、たとえば、昭和天皇はどのような政治的考え方を持っていた人物だったのか、が解けた時の喜びがさらなる探求の力になる。こうした学者たちの歴史研究の積み重ねは、社会や個人の行く末をより良くする手がかりとなるはずである。こうした研究成果を社会に還元する試みの一つが、拙著『昭和史』である。

 ただし、研究の過程は省いて結論だけ書いた形になっている。もし本書を通して昭和史に関心を持っていただけたら、ぜひ参考文献欄に掲載されている書物たちをひもとき、歴史研究の面白さも味わっていただきたい。それは、書店に満ちあふれている、独善的な政治的主張を正当化するためだけの怪しげな歴史書を見分ける力をつけることにもなるだろう。

ちくま
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

筑摩書房

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