『「大正」を読み直す』 子安宣邦著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『「大正」を読み直す』 子安宣邦著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

昭和の全体主義の起源

 「大正デモクラシー」という言葉にはどこかノスタルジックな響きがある。そこに戦後民主主義の萌芽(ほうが)を見て、戦前昭和の暗い歴史に思いを馳(は)せてみる、というのもよくあるパターンだ。だが著者はこれに強く反発し、むしろ昭和の全体主義を生み出したのは、「大正」の母体となった論理そのものなのではないか、という。

 ポイントになるのは幸徳秋水と大杉栄の再評価だろう。第二次大戦後、「大逆事件」は再審請求の特別抗告が棄却され、秋水の「直接行動論」の内実もまた歴史の闇に葬られてしまった。一方ではこれを暴力革命による国家転覆、とみなす権力側の論理があり、もう一方ではラディカルな革命思想としてその先駆性を評価する革新勢力の言説がある。だが、実はこのいずれも司法権力のねつ造したストーリーに乗ってしまっている点では同じなのだと著者は説く。

 著者が秋水の「直接行動」に想定するのは、「パンの要求」という、民衆・労働者の市民的自由に基づく社会主義運動の可能性だ。大杉栄が説いたのもやはり、労働者は運動の主人公であって道具ではない、運動自体が自分たち自身のためのものでなければならぬ、というあまりにも自明な主張なのだった。「直接行動」をイコール「暴力」と誤読してしまうわれわれの先入観には、「大正」期以来の抑圧の構造と、それに伴うトラウマが潜んでいる。吉野作造の「民本主義」は、実は日本の近代から「民の力」を封殺した結果生まれたものにほかならなかったのであるという。

 著者の発想の根底にあるのは、議会制民主主義が党派性に縛られ、形骸化しつつある、というすぐれて今日的な危機感である。こうした問題意識から明治大正期のアナーキズムのもつ可能性が最大限にくみ取られ、河上肇、津田左右吉、和辻哲郎、大川周明らの功罪が明らかにされていく。その筆致の歯切れの良さは本書の大きな魅力であるといってよいだろう。

 ◇こやす・のぶくに=1933年生まれ。71年に和辻賞。著書に『帝国か民主か』など。

 藤原書店 3000円

読売新聞
2016年6月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加