『風土記の世界』 三浦佑之著

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風土記の世界

『風土記の世界』

著者
三浦 佑之 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784004316046
価格
907円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『風土記の世界』 三浦佑之著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

古代の地方固有の姿

 冒頭から引き込まれてしまった。風土記とは何か。当初、わが国の史書の構想としては、紀・志・列伝の三部をもつ中国正史(「漢書」など)をお手本とした「日本書」がもくろまれていた。紀や列伝は国家の縦軸となる時間を保証するものであり、志は横軸として広がる空間(版図)を切り取るものだった。風土記撰録(せんろく)の命令は「志」の準備のために出されたのだという。ところが、成立したのは「紀(帝紀)」、つまり「日本書 紀」だけだった。志や列伝は編纂(へんさん)されなかったのである。そのために「日本書紀」という書名が定着した。思わず唸(うな)ってしまった。なるほど、そうだったのか。本書は以上の大枠を踏まえた上で、現存する5か国の風土記を概観し、その面白さを伝えようとした力作である。

 風土記編纂命令で重視されたのは「古老相伝旧聞異事」だ。それはそれぞれの地方の神話だったはずで、それを中央に提出することは、意識としては服属に等しい行為だということもできる。平安時代、天皇の即位儀礼である大嘗祭(だいじょうさい)で語られた7か国の古詞(各国の語り部が奏上する)は、服属伝承であったのかもしれない。

 常陸国風土記は民間伝承の宝庫だが、そこに登場する倭武天皇(やまとたけるのすめらみこと)(ヤマトタケル)が楽しそうに巡行するばかりで死の翳(かげ)がないのはなぜか。そもそも古事記と日本書紀でヤマトタケルの人物造形が違うのはなぜか。面白い視点だ。出雲国風土記は、ヤマトを中心とした文化圏とは別の「日本海文化圏」の存在を際立たせている。そこには巨木を建てるという文化的な特徴があった。播磨国風土記では、神と天皇が笑われる滑稽譚(こっけいたん)が多い。豊後国風土記は女性首長の記載が残り、肥前国風土記は神功皇后の新羅遠征の伝承が多い。著者は60数か国の風土記のうち、せめて半分でも遺(のこ)っていれば、中央に包み込まれてしまいそうな地方の姿、それに抗(あらが)い続ける地方固有の姿が鮮やかに見いだせたに違いないと詠嘆する。全く同感である。

 ◇みうら・すけゆき=1946年生まれ。立正大教授(古代文学、伝承文学)。著書に『古事記のひみつ』など。

 岩波新書 840円

読売新聞
2016年6月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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