『江戸の災害史 徳川日本の経験に学ぶ』 倉地克直著

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江戸の災害史 徳川日本の経験に学ぶ (中公新書)

『江戸の災害史 徳川日本の経験に学ぶ (中公新書)』

著者
倉地克直 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784121023766
発売日
2016/05/19
価格
929円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『江戸の災害史 徳川日本の経験に学ぶ』 倉地克直著

[レビュアー] 清水克行(日本史学者・明治大教授)

防災への「教訓碑」

 4月に起こった熊本地震では、M6・5の地震2日後のM7・3の「本震」が多くの人々の命を奪った。誰がM6・5もの地震を「前震」と考え、その後により巨大な「本震」があるなどと予想できただろうか。熊本地震は、私たちの地震についての「常識」をあっけなく覆した。

 本書は、江戸時代300年間の災害通史である。噴火・地震・火事・飢饉(ききん)・疫病…。「徳川の平和」といわれる、その治世は、じつは災害の連続だった。おかげで、人々の平均寿命は40代前半だったという。

 それらの災害を時を追って見てゆくと、江戸幕府による数々の歴史上の施策も、災害対応としてなされたものであったことに気づく。幕府の役割も軍事から民政へ、人々の「いのち」を守るものへと徐々にシフトしていったのだ。

 他方で庶民も、ただ災厄に打ちのめされていたわけではない。民間での詳細な災害文学、災害報道の発達は、被災地支援に不熱心な富裕者に有形無形の圧力となり、彼らを救済活動に駆り立てる。また、全国各地に建てられた地震津波供養塔は、宗教的な文言よりも、やがて津波の教訓や被害情報を主に刻んだ「教訓碑」へと性格を変えていく。単なる死者の供養を超えた、災害の記憶化、未来への伝承の営みだ。

 本書の末尾には、4月の熊本地震をうけて短い「付記」も添えられている。それによれば、1596年に九州地方を襲った地震も2日空けて2度あった可能性があるという。もしこの事実が広く知られていれば、あるいは今度の地震の被害も違ったものになったかも知れない。出版直前に急きょ加えられたであろう、この記述に、本書を現代の「教訓碑」にせんとする著者の高い志を感じた。

 打ち続く未曽有の災害の前で、歴史学にできることは限られている。しかし、それでも過去を語り継ぎ、過去に向き合っていかねばならない。私たちは過去から学ぶことしかできないのだから。

 ◇くらち・かつなお=1949年生まれ。岡山大名誉教授(日本近世史)。著書に『江戸文化をよむ』など。

 中公新書 860円

読売新聞
2016年6月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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