『変容する聖地 伊勢』 ジョン・ブリーン編

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変容する聖地 伊勢

『変容する聖地 伊勢』

著者
ブリーン ジョン [編集]
出版社
思文閣出版
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784784218363
発売日
2016/05/26
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『変容する聖地 伊勢』 ジョン・ブリーン編

[レビュアー] 月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

平明に説く転換の実態

 10年ほど前、親しいユダヤ人の聖書学者を伊勢に案内したとき、「もし神がいるとすれば、このような場所だろう」と呟(つぶや)いた。伊勢に詣でた西行にも似て、彼女はそこに神聖なる何かを感じ取ったのであろう。聖地とはそのような場所なのだ。

 聖地は世界各地に点在するが、伊勢は20年ごとに社殿を新しくする「式年遷宮」を繰り返す点で際だっている。直近のそれは2013年であった。同年、国際日本文化研究センター(京都)主催のシンポジウム「転換期の伊勢」が開催された。その成果を研究者だけの専有物にとどめず、一般読者にも伝えたいという編者の意向に沿って本書は刊行された。古代から現代にいたる伊勢神宮の長い歴史を時代ごとの専門研究者が資料に即して平明に論じ、全体として、聖地伊勢の歴史的変容の実態を映しだす。伊勢は不変の聖地ではなかったのだ。

 伊勢神宮の起源、すなわち大和王朝が伊勢に祖先神を祀(まつ)るのは、天武・持統両天皇の時代からである。以後の時代では、とくに神宮と仏教の関わりに焦点があたる。学校で習う神仏習合という術語ではとらえきれない両者の関係が明らかにされてゆく。中世期、伊勢の有力三社家は複数の氏寺をもち、敬虔(けいけん)な仏教徒として戒律を守っていた。伊勢から仏教色が取り払われ、神域にあった民家が立ち退かされ、今日の伊勢の景観ができあがるのは、明治維新後である。明治政府の神仏分離令と明治天皇の行幸、さらに神苑(しんえん)会の事業によるところが大きかった。

 ところで、前述したユダヤ人研究者の呟きが気になった評者は、つい「君は聖書の神を信じないのか」と口走った。すると、母を除く全親族がナチスに殺されて、なお神を信じられるとあなたは思うのか、と逆に問い返された。それ以来、戦勝祈願の聖地であった伊勢神宮がかの敗戦と多大な戦争犠牲者についてどのように説明してきたのか、気にかかっている。

 ◇John Breen=1956年生まれ。国際日本文化研究センター・総合研究大学院大教授。

 思文閣出版 2800円

読売新聞
2016年7月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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