『中国 虫の奇聞録』 瀬川千秋著

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中国 虫の奇聞録

『中国 虫の奇聞録』

著者
瀬川千秋 [著]
出版社
大修館書店
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784469233186
発売日
2016/06/01
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『中国 虫の奇聞録』 瀬川千秋著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

昆虫が映す古代の精神

 大修館書店の「あじあブックス」にはキラリと光る好著が少なくないが、虫と人とが織りなすめくるめく物語を論じた本書もその1冊。もともと虫は生き物の総称で人間や獣も含まれていたのだが、次第に昆虫を指すようになった。著者は、古来、人間の生活と深く関わってきた6つの昆虫(セミ、チョウ、アリ、ホタル、ハチ、バッタ)にまつわる珍聞、異聞を収集・分析することで、古代中国の精神世界を鮮やかに切り取ってみせる。その手腕は大したものだ。

 興味深いエピソードをいくつか紹介しよう。セミは再生や権力のシンボルで、死者の口には含蝉(がんせん)(玉石)を入れて埋葬した。皇帝の冠正面にはセミ飾りがつけられ、宮女は無聊(ぶりょう)を慰めるためセミ捕りに勤(いそ)しんだ。中国のロミオとジュリエット(梁山伯と祝英台)はチョウになって冥土へ向かう。畑の野菜がチョウになるという伝承は、万物流転という宇宙観がもたらした。アリを調教する大道芸人が、辛亥革命の頃までいた。康煕帝はホタルの光では本は読めないと実証し、煬帝は空前絶後のホタル狩りを楽しんだ。ハチは王さまの珍味で、蜂蜜よりも蜜ロウが貴重だった。董仲舒による天人感応説により、バッタは天罰だと考えられてきた。唐の太宗は、天災の原因が自分にあるとする「罪己詔」を出しバッタをのみ込んだが、後漢の大学者、王充は『論衡』を著し、特に「商虫」篇(へん)で虫害の迷信や虚妄を反駁(はんばく)した。また玄宗の時代、宰相の姚崇(ようすう)は天誅(てんちゅう)説を退け、バッタ駆除に取り組んだ。

 もちろん、医食同源の中国のことであるから、すべての虫は食材となり薬剤となる。その描写もまた楽しい。古代の中国では昆虫の生態の観察が、ともすれば軽視されるきらいがあった。それはなぜか。「自然(観察)に学ばず文字(古典)に学ぶ」結果となったのは、儒教の尚古主義(古典をひたすら尊ぶ)の呪縛であろうと著者は指摘する。こうして虫の文化誌が、見事に中国史の一面を映し出すのだ。

 ◇せがわ・ちあき=フリーランス・ライター、翻訳家。著書に『闘蟋(とうしつ)―中国のコオロギ文化』など。

 大修館書店 1800円

読売新聞
2016年7月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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