“男はなぜ暴力をふるうのか?”根源的な問いに挑む問題作
[レビュアー] 都甲幸治(翻訳家・早稲田大学教授)
男はなぜ暴力を振るうのか。暴力に心身を破壊された被害者だけが、なぜその結果を引き受けなければならないのか。中村文則は本書でこの根源的な問いに正面から挑む。
亮大の母親の再婚相手は彼女に執拗な暴力を振るい、性的な関係を強要する。その度に亮大は全身の筋肉を硬直させてやり過ごす。だが彼は無傷ではいられなかった。彼の心の中で暴力と性が結びつき、自分の意志に反して、妹を崖から転落させ、母親の額から血を流させてしまう。しかもそのとき彼は快感まで覚える。
心身ともに損なわれた亮大は大人になり、精神科の医師として働き始める。そして、あまりに深い闇を抱えた患者ゆかりと出会い、恋愛関係に陥る。彼女をなんとか過去の傷から救いたい。暴力的な記憶を消そうと、亮大は彼女の脳に電流を流し続ける。やがて彼女はすべての記憶とともに自己を失ってしまう。
暴力を振るう男たちの精神は未熟だ。自分を全部受け入れてくれる母親、なおかつ性の対象である所有物、としてしか女性を認識できない彼らは、女性たちが自分の意志を持って彼らを拒絶すると、混乱と恐怖のあまり相手を傷つける。幼女連続殺人犯である宮崎勤の事例を起点に、本書ではこうした男性のあり方が反復される。亮大による強引な「治療」も例外ではない。
暴力により人が死に至れば当然、加害者は罰せられる。だが、加害者に暴力を刷り込んだ者たちの責任はどうか。現行の法は個人の自由意志に基づいている。しかし過去の暴力により自由意志を奪われた者を、それでも法は裁けるのか。そこに加害者の自己など存在しないかもしれないのに。
亮大の母親は言う。「私はそんなに悪かったの?」と。いや、あなたは悪くない、と応答するとき、我々には具体的に何ができるのだろう。本書の投げかける問いは、世界を変えるための小さな、だが確実なきっかけとなる。