あるアパートの一室、入れ替わる住人たちの生

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三の隣は五号室

『三の隣は五号室』

著者
長嶋, 有, 1972-
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120048555
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

あるアパートの一室、入れ替わる住人たちの生

[レビュアー] 小山太一(英文学者・翻訳家)

 第一藤岡荘の五号室は、六畳・四畳半・台所に「玄関の間」がついて、風呂・トイレは別。一人暮らしには充分な広さだが、間取りが変わっている。真ん中の四畳半の三方が障子で囲まれているのだ。本作が扱うのは、この五号室における、五十年に及ぶ住人の入れ替わりである。

 一見、典型的な群像劇の舞台設定に思えるかもしれない。だが実のところ、この選択はかなりの冒険だ。

 なにしろ、アパートの一室における先の住人の退去と後の住人の入居の間には、物語のきっかけとなるような深い人間関係などめったに存在せず、通常は無機的なリセットがあるだけなのだから。いわば、歴代の住人は時間軸を区分所有しているだけで、相互の存在をほとんど感知できない立場にある。小説にとっては、手ひどい制約だと言ってよい。

 にもかかわらず、本作は区分された人生の羅列に終わることなく、有機的な全体を巧みに作り出している。麻雀に明け暮れるぐうたら学生、この部屋で子供をもうける夫婦、怪しげな取引に手を染める男、単身赴任者たち、アマチュア無線マニア、老夫婦……これらの相互に無縁な人々が五号室でそれぞれに体験する喜びや楽しみ、不安や失望や諦めは、読者がページをめくるにつれて少しずつ共鳴しはじめる。人生の基調である孤独の相のもとに、ユーモアの和音が静かに読者の耳をくすぐりはじめる。安易なペーソスと結託せずにそれが達成されている点こそ、本作の最大のメリットだろう。

 まるで自分からハードルを高くするかのように、語りは時間軸をシャッフルして各住人の人生をいっそう断片化しさえする。だが、それぞれの生の断片は決してぞんざいに扱われることなく丹念に拾い上げられ、ドライな温かさとでも言うべき態度で文章へと加工されてゆく。他では得がたいほど行き届いた語の組み合わせに目を射られる感覚を、私は本書を読みながら何度も経験した。

新潮社 週刊新潮
2016年7月21日参院選増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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