『戦地の図書館 海を越えた一億四千万冊』 モリー・グプティル・マニング著

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戦地の図書館

『戦地の図書館』

著者
モリー・グプティル・マニング [著]/松尾恭子 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784488003845
発売日
2016/05/29
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『戦地の図書館 海を越えた一億四千万冊』 モリー・グプティル・マニング著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

人間の心を救う読書

 ナチスがモダニズムの芸術を退廃芸術とし、弾圧した事実は知られているが、ナチスが非ドイツとした書物、約一億冊を燃やし、それに抗した多くの動きは知られていない。一つの契機はアメリカが一九四〇年、平時に初めて実施した徴兵制度だ。徴兵したものの訓練施設は不備で娯楽設備もない。そこで考えたのは予算が少なくて済む書物である。アメリカ図書館協会は、日本が真珠湾攻撃をした四一年の暮れに国民が図書を寄付する運動を始める。だが、集まった本は兵には重く、不向きな内容が多かった。

 そこで軍服の胸か尻のポケットに入る文庫本を陸海軍が出版社に作るように依頼する。こうして四三年九月に兵隊文庫という文庫が兵士の許(もと)に届けられる。ところが、ここで別の問題が生じる。内容の検閲。ファシズムや共産主義を認めるような小説はもとより、男ばかりの兵たちが読みたがった煽情(せんじょう)的な物語は発禁だった。

 しかし四四年八月一五日、丁度(ちょうど)日本が負ける一年前、検閲が撤廃される。こうして兵隊文庫はイタリアとドイツ、日本が負け、占領後も各地に駐留した兵士たちのために、フランス語、ドイツ語、イタリア語版まで発行した。しかも戦後は復員兵援護法を定め、復員兵が希望すれば大学まで行けるようにし、同時に復員兵が帰国後に役に立つ実用書や科学書まで含めて、四七年九月まで兵に届けられたのである。

 このように当初の寄付本と兵隊文庫合わせて、約一億四千万冊が海を渡った。兵士たちは特に故郷や子ども時代を思い出させる物語を愛し、作者に手紙を出し、多くの作者も兵と文通友達となった。またフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』は兵隊文庫で読まれることで、アメリカを代表する小説となったという。

 通読すればアメリカの底力を感じるが、それ以上に戦争が人心を荒廃させ、逆に読書が人間の心を救い、人の新たな進路を照らす事実を再認識させる。松尾恭子訳も実に読み易(やす)い。

 ◇Molly Guptill Manning=米ニューヨーク育ち。弁護士を務めながらノンフィクションを執筆。

 東京創元社 2500円

読売新聞
2016年7月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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