『ツバキ文具店』 小川糸著

レビュー

3
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ツバキ文具店

『ツバキ文具店』

著者
小川糸 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344029279
発売日
2016/04/21
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ツバキ文具店』 小川糸著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

「代書」に魂を込めて

 じんわりと心が温まる小説である。舞台は鎌倉。由比ヶ浜から鶴岡八幡宮に向かった先、二階堂川を上った小高い山の麓に、主人公・雨宮鳩子の営む「ツバキ文具店」はある。

 夏から始まる物語は秋から冬へ、そして春へと季節が変わっていくのだが、十八歳まで鎌倉の隣町で暮らしていた私は、そこに描かれる四季の移ろいに、切ないような懐かしさを胸に抱いた。それはひとえに風景やそこに暮らす人々の営みを描く著者の柔らかな筆致ゆえだろう。

 さて、「ポッポちゃん」とあだ名で呼ばれる鳩子の文具店は、十一代続く「代書屋」という。朝、彼女は「文塚」と呼ばれる手紙のお墓を手入れし、心を鎮めて墨を磨(す)る。そんな静かな生活を送る彼女のもとに、次々と奇妙な仕事が舞い込むことで、物語はゆったりと展開していく。

 かつて結婚を約束した幼馴染(おさななじみ)に自分が生きていると伝えたい、という男。親友への絶縁状を依頼する女、父親の天国からの手紙を代わりに書いてほしい、という息子――。そこに「先代」であるすでに亡き祖母との確執と和解の物語が重なる。

 少し風変わりな依頼主たちの話に耳を傾け、彼らの気持ちをどう相手に伝えるかを工夫する鳩子の奮闘に、心打たれるものがあった。彼女は依頼によってガラスペン、万年筆、ボールペンと筆記用具を変え、紙やインクを吟味する。ときには鏡文字や活字書体まで利用し、どうにかしてメッセージに魂を込めようとする描写が素晴らしいのだ。自身の仕事に対して誠実であるとは、こういうことなのだと幾度となく思う。また、実際の手書きの手紙が随所に再現されるのも嬉(うれ)しい仕掛けだ。

 真剣に代書と向き合ううちに先代の思いを知り、お互いの関係を見つめ直すことで「自らの字」を手に入れていく鳩子の姿がいい。文字の奥深さや言葉の力を、このような物語として描き出した発想に驚かされた。

 ◇おがわ・いと=作家。2008年刊『食堂かたつむり』が11年にイタリア、13年にフランスの文学賞を受けた。

 幻冬舎 1400円

読売新聞
2016年7月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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