『高坂正堯と戦後日本』 五百旗頭真、中西寛編

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高坂正堯と戦後日本

『高坂正堯と戦後日本』

著者
五百旗頭真 [著]/中西寛 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120047404
発売日
2016/05/18
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『高坂正堯と戦後日本』 五百旗頭真、中西寛編

[レビュアー] 牧原出(政治学者・東京大教授)

浮かぶ高度な批評精神

 外交史家・国際政治学者であり、テレビ番組「サンデープロジェクト」での飄々(ひょうひょう)としたコメント姿が印象的だった高坂正堯(まさたか)の没後20年。その節目に、国際政治学、政治思想史学、現代政治学、メディア社会論の担い手による高坂研究の成果が世に出た。いわば高坂の知的入門書である。

 カント研究に精力を注いだ京都学派の哲学者高坂正顕の子として、歴史と哲学に早くから親しんだ高坂は、京都大学で外交史研究に着手し、ハーバード大学留学中に、最新の国際政治学研究なかんずく戦略理論を摂取しつつアメリカの外交史料を渉猟した。帰国後、「現実主義者の平和論」で鮮烈な論壇デビューを遂げ、海洋国家としてのイギリスをモデルに戦後日本を位置づけ、その牽引(けんいん)者としての吉田茂に注目して、『宰相吉田茂』を発表した。さらに日米経済摩擦が深刻化する中で「日本異質論」と戦い、ローマ、ベネチアなど文明の衰退過程を横目に日本の将来を憂えた。成長と衰退という文明論の視点から、戦後日本を眺めたのだ。専門家向けの学術論文よりは、時代と向き合い、平明な文体による鋭利な批評を好んだ高坂は、21世紀の今、戦後の日本と世界を振り返る最良の論説を残してくれている。

 本書を通読すると、高坂が吉田茂の分析からアメリカに親近感を覚えたであろうこと、アメリカの外交史料から中国の対外政策を分析してみせたこと、現実主義の底に国際関係における理念を汲(く)みとったことといったあたりに、その高度な批評精神が浮かび上がる。ある立ち位置から思いもよらぬ地点へ跳躍するスタイルが真骨頂なのである。思えば少年高坂は敗戦の報を聞いて、父正顕に「我等は科学戦に破れた。きっと仇(かたき)を討とうと思います」と書き送ったが、長じて戦争ではなく平和の有り様を模索したのではなかったか。京都の地を終生愛し、そこから世界を考えた高坂の生き様が滲(にじ)み出る。言葉を噛(か)み締めながら著作を紐(ひも)解いてみたくなる、そんな一冊だ。

 ◇いおきべ・まこと=1943年生まれ。熊本県立大理事長

 ◇なかにし・ひろし=1962年生まれ。京都大教授。

 中央公論新社 2000円

読売新聞
2016年7月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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