最先端医療の可能性と、闇に隠された国家的陰謀。衝撃のスペクタル巨篇!〈インタビュー〉帚木蓬生『受難』

インタビュー

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受難

『受難』

著者
帚木 蓬生 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041042052
発売日
2016/06/28
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

最先端医療の可能性と、闇に隠された国家的陰謀。衝撃のスペクタル巨篇!〈インタビュー〉帚木蓬生『受難』

iPS細胞による再生医療の驚異的な進化と、韓国を揺るがした大型客船の沈没事故。二つのまったく異なる要素が結びついた長篇小説『受難』は、現代社会の危うさを暴露するスケールの大きなサスペンス。娯楽性と社会性をミックスした意欲的な作品を発表してきた著者を訪ねた。

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■身体のレプリカ

――『受難』の着想はどこから生まれたのでしょうか。

帚木 十年ほど前、当時の担当編集さんに言われたんです。その頃発表されたばかりだったiPS細胞(人工多能性幹細胞)で書きませんかと。それからずいぶん時間が経ってしまいましたが、ようやく書き始めるというときに、あのセウォル号沈没事故が起きました。不謹慎かも知れませんが、これは小説になるなと思ってiPS細胞と結びつけたわけです。

――iPS細胞は身体のすべての細胞をつくりだす「万能細胞」であり、再生医療の可能性を大きく飛躍させました。『受難』でまず、驚かされるのが、滝壺に落ちて心肺停止状態で冷凍保存されている女子高生の身体とそっくり同じレプリカをつくり、脳を移植する、という医療技術です。細胞レベルからもう一つの身体をつくってしまうわけですが、そんなことが可能なんでしょうか。

帚木 できますよ。将来絶対にこうなりますね。すでにもう臓器も血液も骨も再生できますから。脳だけは難しいかもしれませんが。

――3Dプリンタを使い、インクジェットのノズルで細胞を吹き付けるという発想にびっくりしました。

帚木 インクの細かい粒子と細胞は、ナノレベルということでは一緒ですから。あとはそれを乾燥させないようにどう保湿するかです。もうすでに、どこかでやっているんじゃないですか? こっそりと。

――恐ろしいですね(笑)。3Dプリンタもインクジェットプリンタも、すでにある技術ですから生々しいです。細かい説明がないから想像するしかないわけですが。

帚木 そこをあまり細かく突き詰めると近未来小説になっちゃいますから。この世のどこかでやっていてもおかしくない、というリアルさが僕の小説の持ち味。荒唐無稽をリアルに書く、というのがモットーです

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■海難事故への怒り

――二〇一四年に仁川港から済州島へ向かう大型客船、セウォル号の転覆事故が執筆のきっかけの一つとのことですが、事故の報道をどう受け止められましたか。

帚木 このバカタレが! と思いましたね。怒りしかないですよ。ですから『受難』は、頭にきながら、コンチキショウ、と言いながら書いたということでしょうね。この小説はある意味で韓国を弾劾しているんですよ。こんなにひどいことがあっていいのかと。でも同時にエールも送ってるんです。がんばれ、と。私の願いは、韓国で翻訳版が出て話題になってほしいということですね。

――実際の事件を調べたうえでお書きになっていますから、韓国の人たちも読みたいのではないでしょうか。私もニュースを注視していたつもりですが、知らないことがたくさんありました。

帚木 知らないでしょう。日本のマスメディアは、線香花火みたいにちょっと報道しただけですから。その後のフォローアップがないんですよ。去年刊行した『悲素』も同じですよ。和歌山カレー事件を題材にした小説ですが、あの事件についてもその後のことを報じないですよね。それを私が診察の合間に一人でコツコツ書いている。孤軍奮闘ですよ。

――帚木さんは精神科医でもありますが、海難事故は専門外ですよね。資料はどこから集めたんですか。

帚木 ネットニュースが中心ですね。とくに英語とフランス語のニュースサイトが参考になりました。フランス語がなぜ多いかというと、船の実質的なオーナーが、フランスのルーブル美術館に多額の寄付をしたり、ルーブルに関連した庭園で写真展を開いたりして、関わりがあったからでしょうね。。

――韓国の人たちの怒りと悲しみは報道されましたが、それで終わってしまっているというか、尻切れトンボですね。オーナーとされる人物も白骨死体で見つかりました。

帚木 私が韓国でお世話になった精神科の教授がいるんですが、その先生もおっしゃっていましたよ。「オーナーの死体があがったというのがおかしい」と。オーナーには何百億という資産がありますから、それで補償すればいいんじゃないですか、と言ったら「違うんです。財産はぜんぶ親族にバラまいているから、本人は無一文なんですよ」。そんな馬鹿なことがありますか。それと、事故の後に、友だち三人と済州島に行ったんですよ。ガイドが言ってましたよ。「あのオーナーが死んだなんて誰一人信じていません」。でも、追及しない。韓国のマスメディアはいつもそうなんです。金縛りにあっているように動かない。まあ、日本のマスメディアも似たようなところがあるんじゃないですか。

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■プロフェッショナルの不在

――『受難』は旅の小説でもあって、春花は祖父とともに日本の京都、韓国の済州島を旅します。

帚木 京都は実際に行ったんですよ。有名な老舗旅館に泊まりました。目の玉が飛び出るような金額で、これは小説の題材にしなきゃいかん、と思いましたね。『受難』を書いたことで元をとったような気がしますよ。京都御所も、桂離宮も行きました。陶芸家の河井寛次郎の記念館に行けたのもよかったですね。名前こそ出さなかったですけど、作中でも取り上げました。

――「仕事が仕事をしています」という印象的なフレーズは、河井寛次郎の「仕事のうた」という詩からなんですね。知りませんでした。

帚木 そうですよ。日本人は忘れてるんです。この小説では日本の良さを総動員しています。それを春花が韓国人の目で見ている。書いていて面白かったですね。

――忘れている、とおっしゃいましたが、土地には必ず歴史があるのに、現代を生きる私たちはそのことを知らずに生きている。『受難』で初めて知った歴史的事実がたくさんありました。

帚木 情けないことですよね。でも、日本人だけでなく、韓国人も知らないでしょうね。韓国の人が読んでも笑われないくらいには書けたんじゃないですかね。

――済州島にも行かれたんですよね。

帚木 一回だけです。小説に書いた通りの食事をし、出てきた場所を見てきました。美味しそうでしょう?(笑)

――ええ(笑)。しかし、春花の肌に亀裂が入り始め、彼女の身体がいつまでもつのか、ハラハラしながら読みました。

帚木 十代の女の子がしわだらけになっていく。かわいそうだけど、ありえない話ではないですからね。

――一方、春花はセウォル号の事故に興味を持ち、事故を生き延びた高校生たちとネットで知り合い、直接会って話をします。彼らの声もリアルに感じられました。

帚木 遺族や生き延びた人たちはなかなか声を上げられない。黙らされていると思いますよ。補償金の額が大きすぎるから、余計なことは言わないほうがいい、と。それに、生き延びた人たちに補償金は払われていないんです。しかも、まだ言ってるのか、と一般市民も冷たい。ですから、この作品で彼らの声を代弁したわけです。

――なぜ、そんなことになってしまったのでしょうか。

帚木 一言でいえば、プロフェッショナルの不在です。最近も、第二のセウォル号と言われている、加湿器殺菌剤事件がありましたね。あれもおかしいんですよ。十年にわたって販売され続けた殺菌剤のせいで、二百人以上の死傷者が出た。なぜいままで放っておいたのか。殺菌剤を調べた大学教授も実験結果をごまかしていたし、検察も動かない。企業は知らん顔だし、マスコミは突っ込まない。ようやく逮捕者は出ましたが、似たような闇がいっぱいあるうちの、氷山の一角でしょうね。

――『受難』は『受精』『受命』に続き、津村リカルド民男という産婦人科医が活躍するシリーズでもあります。『受命』では北朝鮮、『受難』では韓国をそれぞれ描いていますが、ほかの作品にもしばしば朝鮮半島が登場しますよね。日本と朝鮮半島の関係を描くことは、帚木さんにとってライフワークと言っていいと思います。

帚木 はい。『三たびの海峡』以来、折に触れ書き続けていますからね。

――福岡で生まれ育ち、いまもお住まいだということと関わりがありますか。

帚木 そうですね。炭鉱があることが大きいでしょうね。朝鮮半島から来た人たちが大勢働いていましたから、どうしても関心を持ってしまいます。古代にさかのぼった『日御子』がそうですし、『国銅』でも技術者はみんな韓国から来ているという設定にしています。いままで日本と朝鮮半島を視野に入れて小説を書いてきたような気がしますね。

■小説の恩恵を忘れない

――『受難』は後半に入って意外な展開を見せます。読者の予想を裏切ってやろう、と考えられたのですか。

帚木 そんなことは考えません。書いているうちに自然とああなったんです。

――書き始めるときに、最後どうなるかは決まっていないんですか。

帚木 決まってないですね。どの作品でも最後が決まっていることはないですよ。書いていると、そうか、こういう展開があり得るな、と気づいたり、ぱらぱらと資料を見ていたら、これは気づかなかったから入れよう、と後から入れてストーリーが変わったり。読者は、最初から計算していると思うかもしれませんが、出たとこ勝負で書いていたのがたまたまハマった、というほうが面白くなるんですよ。

――セウォル号についての描写はノンフィクションといってもいいほど詳細ですが、小説という形式を取ることについてはどうお考えですか。

帚木 小説は自由だからいいんですよ。現代も書けるし、歴史も書ける。ジャーナリズムでは書けないことでも小説でなら書ける。何でも書ける融通無碍なところがいいんです。発明した人は偉いと思いますし、いつも小説があることに感謝しなければいけないと思っています。単なるエンタメではなく、読み終えた後に心に残るものを、と心がけているのは、自分が受けてきた小説の恩恵を忘れないようにしたいと思っているからなんです。

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帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)
1947年福岡県生まれ。東大仏文科卒業後、TBS勤務を経て九大医学部卒業。精神科医の傍ら執筆活動を続けている。93年『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞、95年『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、97年『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年『水神』で新田次郎賞、11年『ソルハ』で小学館児童出版文化賞、12年『蠅の帝国』『蛍の航跡』で日本医療小説大賞、13年『日御子』で歴史時代作家クラブ賞作品賞をそれぞれ受賞した。近著に『天に星 地に花』『悲素』がある。

取材・文|タカザワケンジ 撮影|編集部

KADOKAWA 本の旅人
2016年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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