『補欠廃止論』 セルジオ越後著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

補欠廃止論

『補欠廃止論』

著者
セルジオ 越後 [著]
出版社
ポプラ社
ISBN
9784591150160
発売日
2016/06/09
価格
864円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『補欠廃止論』 セルジオ越後著

[レビュアー] 朝井リョウ(作家)

ただ耐えず、変化を

 日系ブラジル人としてブラジルで育った著者は、日本でサッカーの指導をするにあたり、ベンチに入れない、すなわち出場機会も一切ない「補欠」という存在に大変驚いたという。そして、ブラジルにはなかったその概念が日本の団体競技を弱くしている一因だと主張する。

 補欠が生まれる原因を探ると、まず、日本の子どもの運動経験の大半を占める部活動の存在に突き当たる。部活動とは教育の一環であるため、海外の子どもの運動経験の大半を占めるクラブチームとは違い、希望すれば誰でも参加できる。その結果、試合に参加できる人数以上のメンバーが属する部が続出する。しかし、大会に出場するときは一人一つのチームにしか選手登録を許されないことが多いため、必然的に補欠が生まれてしまうのだ。さらに「部を支え続けた補欠の存在」が美談として語られがちなこの国では、自分に合う別の種目を探すという決断を下しにくい。ここで私は激しく頷(うなず)いた。

 継続は力なりという言葉の通り、一途(いちず)に何かを続ける姿勢は確かに美しい。だが、その継続する何かを決めるために様々なことを試すという過程が軽んじられてはいないか。これは部活動だけではなく、就職や婚姻にも当てはまる疑念だ。我慢して何かを続けることは、例外なく美しいことだろうか。忍耐力とは、時に、思考に蓋をすることに繋(つな)がらないだろうか。

 『変化する勇気を持たないといけない』。そんな著者の警鐘は、つまり、私たちに思考し続けることを促しているのだと思う。補欠を生む現在の部活動の仕組み、勝利のみを詳細に報道し選手個人をアイドル化するメディアの在り方、地域ではなく企業に寄り添うプロスポーツの世界。私たちが疑いなく受け入れているものは、本当に正しいのか。怒りの言葉をエールと受け取って、私たちは思考を止めてはならない。変化すべき点が多いということはきっと、伸びしろが大きいということでもあるのだから。

 ◇せるじお・えちご=1945年、ブラジル生まれ。サッカー解説者。72年に選手として来日、引退後は指導者に。

 ポプラ新書 800円

読売新聞
2016年7月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加