『自画像の思想史』 木下長宏著

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自画像の思想史 (五柳叢書)

『自画像の思想史 (五柳叢書)』

著者
木下 長宏 [著]
出版社
五柳書院
ISBN
9784901646291
発売日
2016/06/07
価格
5,184円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『自画像の思想史』 木下長宏著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

自己とは何かを探求

 人類の絵画史は1万5000年前のラスコーの壁画から始まると著者は言う。これに対して自画像の歴史はわずか5~600年。なぜ、かくも長い間、人類は自画像に関心を持たなかったのか。ここから探求が始まる。まず、古代の「自画像以前の時代」。自己と他者(世界)は調和し、人間の顔は普遍的(イコン、仮面)に表現されて自画像を描く必然性がなかった。

 12世紀頃から、サイン代わりの自画像が現れる。ルネサンスから始まる近代は、自己と他者が対等で、かつ対立する時代である。鏡も普及し、遠近法が用いられ「自画像の時代」が到来する。自己とは何かを追究する上で自画像を描くことが不可避となったのだ。そして現代は、自己と他者が分裂・拡散し、自画像を描く意味が失われた「自画像以降の時代」である。著者は、顔の造形に無関心な古代(ラスコー)から、自画像を無意味と考える自画像を描く現代(森村泰昌など)まで、12の段階を想定する。

 次は日本の自画像。著者は、型、動機、発想源、流儀/様式に着目して12の指標を提示する。さらに著者は日本の自画像の様式分類(頂相(ちんぞう)系≒禅僧、歌仙系、俳画系)の方法をヨーロッパに援用し、デューラー系(D系。自己を美化、主観的)、レオナルド系(L系。自己を対象物化、客観的)、ミケランジェロ系(M系。他者に自己を仮託、演技的)という3つの系を創り出す。そして有名な250人もの自画像をそれぞれの箱に上手に収めていく。

 自画像と言えば、レンブラントやゴッホが脳裏に浮かぶが、レンブラントはM系、ゴッホはD系に属するそうだ(本書もD系か)。好きな自画像をそれぞれに当てはめてみるのも楽しいだろう。いずれも反論はあるだろうが仮説としてはなかなか面白い。タブロー(額縁に入った絵)は天才が見た世界であり持ち運びできる小宇宙。地球儀、ロマン(小説)、交響曲も根は同じ、という鋭い指摘には思わず膝を打った。

 ◇きのした・ながひろ=1939年生まれ。横浜国立大教授などを歴任。著書に『岡倉天心』など。

 五柳書院 4800円

読売新聞
2016年7月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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