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人気ミステリ作家、初の時代小説は“伝奇の王道”
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
神永学の『殺生伝〈一〉漆黒の鼓動』『殺生伝〈二〉蒼天の闘い』が二冊同時に文庫化された。これには少々、説明がいる。前者は、三年前、単行本で刊行されたものの文庫化で、後者は文庫オリジナルで、純粋な新刊はこちらのみである。
何故そうなったのか。私が思うに、神永学は『心霊探偵八雲』(角川文庫)等、現代もののミステリーで絶大な人気を博している書き手である。恐らく、こうした現代ものの読者にとっては、作者初の時代小説は、敷居が高いように思われたのではあるまいか。従って現代ものほど部数が伸びず、二巻目からは文庫オリジナルとなった(失礼!)のでは――。
しかし、こんな面白い小説を見逃すとはもったいない。騙されたと思って読んで下さい。たちまち作品の虜になることは間違いないのだから。
物語は一つの伝説からはじまる。その伝説とは、かつて鳥羽上皇の寵愛を受けた玉藻(たまも)の前(まえ)は、実は九尾(きゅうび)の狐という恐ろしい妖魔であり、いったんは安倍泰親に討伐されたかに見えた。だが九尾の狐は巨大な石に姿を変え、復活の機会をうかがっていた。これを知った玄翁(げんのう)和尚は、封魔の鎚によってこの岩を砕き、石は九つに割れ、全国に飛び散った。その石の名を殺生石という。
玉藻の前については、岡本綺堂の「玉藻の前」(光文社文庫『修禅寺物語』所収、絶版)に詳しいが、過去の名作を踏まえて、そこにオリジナリティを加えてストーリーを進めるあたりは、かなりの手だれと見た。
ヒロイン咲弥(さくや)は、生まれながらにして絶大な力を持つ殺生石を身体に宿しており、彼女を守ることを自らの宿命とした少年・一吾、咲弥の従者・紫苑、さらには腹に一物ありつつも、一吾らと友情で結ばれていく忍び・無名(むめい)と矢吉らが、人外の化生・山本勘助が放つさまざまな妖魔と闘いながら、旅を続けていくさまは、正にトールキンの『指輪物語』(評論社文庫)を思わせる。
とまれ、二巻までを読み終えた時点で、まだまだ序章という感じ。久々に伝奇小説の王道を読んでいる実感が胸をふるわせる。