10分で寝かしつけ!発売半年で75万部の「眠らせ本」

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10分で寝かしつけ!発売半年で75万部の「眠らせ本」

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 発売後半年で75万部。これが「絵本」で達成された数字だというのだから驚嘆するほかない。今回俎上に載せるのはカール=ヨハン・エリーン『おやすみ、ロジャー』、副題は「魔法のぐっすり絵本」である。

〈たった10分で、寝かしつけ!〉〈読むだけでお子さんが眠る「心理学的効果が実証済み」〉。帯句だけでも相当キャッチーだが、きわめつきは「読み方の手引き」。〈【注意!】運転している人のそばで絶対に音読しないこと〉―もうこの原稿を眠らずに書き上げられるのかすら不安になる。あれ? これって絵本だよね?

 実際、幼児向けの本にしては文字量が圧倒的に多い。従来の絵本のイメージとは様相が異なることに気づく。加えて異彩を放っているのが絵柄。どう呼べばいいものか、控えめにいっても日本人向けではない。実はこれ、元々自費出版から生まれた本だけに、著者の知人が描いたものらしい。

「名作童話の“萌え絵化”に代表されるように、最近の子供たちはとにかく絵が可愛くないと気に入ってくれない。初めて見本を見たときには、正直“売れないだろうなあ”と思っていました」(書店関係者)

 ところが予想は覆され、目下の大ヒットに。「実は翻訳の際、著者の方は“イラストは変えてしまっても構わない”とおっしゃってくれたのですが、そのまま採用したんです」とは編集担当者の弁だ。「主眼はあくまで“寝かしつけ”。絵に夢中になるというより、言葉を通じてリラックスしてもらうための本なので。結果的には、絶対に眠らせてくれる“魔法の本”という特別なイメージを子供に持ってもらうのに、この絵のクセの強さも一役買ってくれたのでは」。なにより、SNS上に次々に投稿される“実際に子供たちが眠ってしまう姿”が、本書を象徴するイラストとなった。

 ちなみに初版刷数は2万5千部。せいぜい3千部といわれる児童書業界においては大博打もいいところだ。担当者曰く、「一般的なベストセラーのイメージでいました」。――「絵本」に対する固定観念がなかったことが一番の勝因なのかも。

新潮社 週刊新潮
2016年7月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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