『三の隣は五号室』 長嶋有著

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三の隣は五号室

『三の隣は五号室』

著者
長嶋 有 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120048555
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『三の隣は五号室』 長嶋有著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

人の営み肯定する何か

 つつましいけれど驚くべき、部屋と人のお話だ。舞台は東京近郊に60年代に建てられた木造賃貸物件「第一藤岡荘」の五号室、登場人物は約半世紀のあいだ順番にそこに暮らした十三世帯の人々。とはいえ彼らの暮らしが語られるのは順番に、ではない。風邪や停電や来客、そんなささやかな出来事のもとに住人たちのエピソードが三々五々に集まって、一つの地層のような長い時間の帯を作るのだ。

 大学生、若夫婦、訳ありの男、単身赴任のお父さん、失恋した女性……様々な事情を抱えながら人生のひと時を五号室で過ごす彼らは、歴代住人から引きついだ「水不足!」のシールや障子の穴やなぜかお湯が漏れてしまう浴槽を眺めてものを想(おも)う。しかしそうして一つの部屋を共有した彼らが、互いの人生に直接影響を与えることはない。当然ながら、賃貸物件においては「誰かが次に住むということは、前の人は出て行ったということ」だからだ。五号室に流れた時間の帯を居住者ごとに区切って色分けをすれば、その色は決して重なることはないだろう。とはいえふとした瞬間――誰かが急須をぱんと逆に叩(たた)いたとき、布団から天井を見上げたとき、停電の夜にロウソクを灯(とも)したとき――一本の時間の帯の異なる色同士が偶然の糸で縫いあわされ、垂直方向に重なることがある。本書に幾度となく現れるそのような瞬間には、(当人たちには何の影響も及ぼさずとも)連綿と続く人間の営みを裏打ちし肯定してくれる貴重な何かの手触りを確かに感じられる。

 私が今この原稿を書いている部屋も、気づけばもう七年暮らしている賃貸物件だ。開け放した窓からは夏の夜風が吹き込み、時折電車の走行音が聴こえてくる。こうしてこの部屋で電車の音を聴きながら仕事をする人間が、過去にも未来にも、自分以外に無数に存在するのだとしたら……縫いあわされる時の向こう側にいる彼らと、この小説のことを語りあいたい。

 ◇ながしま・ゆう=1972年、埼玉県生まれ。「猛スピードで母は」で芥川賞。『パラレル』など。

 中央公論新社 1400円

読売新聞
2016年7月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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