『〈獄中〉の文学史 夢想する近代日本文学』 副田賢二著

レビュー

5
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〈獄中〉の文学史

『〈獄中〉の文学史』

著者
副田 賢二 [著]
出版社
笠間書院
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784305708069
発売日
2016/05/11
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『〈獄中〉の文学史 夢想する近代日本文学』 副田賢二著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

理念を生成する装置

 〈獄中〉の声がいかに表現されてきたか、という観点から近現代の歴史を振り返る試み。巻末の年表に挙げられた〈獄中〉の言説はほぼ三百にも及ぶ。大半は思想犯、政治犯だが、それにしてもなんと多くの文学者たちが監獄を自らの拠点にしてきたことか。

 自由民権運動、明治大正期の社会主義・無政府主義、昭和のプロレタリア文学と転向、などなど、監獄は常に文学者たちのメッセージの発信の拠点になってきた。しかし問題は決して権力への抵抗の歴史、というラインだけで整理できるものではない。そもそも「自由」という概念自体が獄中のイメージと対比的に構想されてきた経緯があり、他の誰とも違う個人の「内面」、という概念もまた、抑圧をバネに獄中の想像力によって育まれてきた側面があるからである。

 〈獄中〉のとらえ方は時代によっても人によっても実にさまざまだ。たとえば北村透谷は「楚囚(そしゅう)之詩」でペシミズムに彩られた浪漫世界を開花させたし、堺利彦は読書を中心とする自己修練の場としてこれを捉え、また大杉栄は自己を超越的に改造する場として監獄を捉えてみせた。その意味でも〈獄中〉は個々の文学理念を生成していく装置そのものでもある。時にそれは「闘う自己」をヒーローとして特権化することによって、背後にある政治の暴力をかえって隠蔽してしまうことになるかもしれない。また時にそれは「告白」という手立てによって、制度としての「私小説」を補強してしまうことにもなるだろう。こうした負の側面をしっかり見据えた上で、本書は〈獄中〉を近代文学の「塒(ねぐら)」と命名しているわけである。

 人間の精神のドラマを「記号」の流通、という観点に還元してしまう本書の発想は、おそらく評者とは立場を異にするものだが、それでも〈獄中〉を文学の母体とし、さまざまな想像力の発揚する磁場と捉える視点は新鮮で興味深いものだった。

 ◇そえだ・けんじ=1969年、佐賀県生まれ。防衛大准教授。論文に「芥川龍之介『疑惑』論」など。

 笠間書院 2200円

読売新聞
2016年7月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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