ブラジル移民の写真家が放つ、生きる杖となった写真たち

レビュー

9
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ブラジルの光、家族の風景

『ブラジルの光、家族の風景』

著者
大原 治雄 [著]
出版社
サウダージ・ブックス
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784907473075
発売日
2016/04/20
価格
3,132円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ブラジル移民の写真家が放つ、生きる杖となった写真たち

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 不思議なアングルの写真だ。細い板を縦に並べた板塀の家の庭先に人が立っていて、かなり高い位置にあるカメラをそろって見上げている。顔は日本人でも、場所は日本でないことは塀や家の建ち方からわかるが、小さな子供を除くと全員が互いに距離をとってバラバラに佇んでいるのがとても新鮮だ。

 わたしは「家族」を良きものとして無条件に賛美することのできないひねくれ者だが、この写真には素直な感動を覚えずにはいられない。家族といえども、一人ひとりは別の人間であり、人生を通して距離は離れたり近づいたりするものの、見えないつながりが消えることはない。それが家族なのだ、と告げているように思えたのである。

 撮影者は一九二七年、十七歳で高知からブラジルに渡った大原治雄。森林を開墾して農園を開き、同じ日系人の女性と結婚して家庭を持つ。二十八歳でカメラを入手、農作業の合間に写真を撮るようになる。

 ブラジル移民というと過酷な生活がイメージされるが、そして実際そうだったはずだが、写真から伝わってくるのは人のやさしさとあたたかさ、共に生きる歓びとうれしさだ。現代社会に生きるわたしたちはともすると家族と暮す意味を見失いがちだが、そうした目の曇りを拭ってくれる清浄力にあふれている。

 カメラを手にした彼がまず写したのは妻・幸だった。農園のオレンジの木の隣で白い歯を見せて笑って立っている。頭にほっかむりし、汚れたエプロンをかけたままだ。せっかく撮るんだから、そんなもん取りなさい!とは大原は言わなかった。手を止めてこっちを向くようにと言っただけだった。妻がいなくてはいまの自分はない。働く姿にこそ妻の真実があるのを、彼はよくわかっていたのである。

 演出した写真も撮っているが、美と直感のバランスが絶妙。自然な空気が流れ、見ていると前後の時間が浮かんでくる。子供に大きなジャックフルーツの実を抱えさせているカットがある。実の下には支えのための煉瓦がある。きっと子供に重いよう!と抗議されたのだ。じゃあ下に煉瓦を置こうか。

「写す」歓びと、「写される」歓びの出会ったときに、「写っている」歓びが生まれる。よく撮れたと結果に微笑みながら、辛いことの中に必ずうれしいことが混ざっているのを感得する。身の回りの人や物にカメラを向けながら、それを認める心を育てた生きる杖となった写真である。

新潮社 週刊新潮
2016年8月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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